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2017/03/08-(2) スパゲティーの残りを食べた

 劇場を出たのは19時頃だった。
 観終わったのは18時半で、それから近く劇場で公開される映画のチラシを何枚か貰ったり、パンフレットを買ったりした。パンフレットを買ったのは私ではなく弟で、どうやらだいぶ気に入ったらしかった。私も以前には熱心にアニメを見ていたけれど、いまではその領域では私なんかより弟のほうが何家言もあった。もうすっかり名の売れたある作家の作品も公開初日に観に行って、今日と同じようにパンフレットまで買っていたし、季節ごとに何十と出てくる地上波の作品もそのうちの何割かにせよ、熱心に追っていた。
 
 劇場を出た後は、下のフロアにある古本チェーンで文庫本と、レトロゲームを見に行った。レトロゲームの方はひと月前に来た時にはすでに棚からワゴンに移されていたのでもう取り扱わなくなっているかもしれないなと思っていたのだけれど、まだあった。とはいってもかなり雑な扱いで、裸のソフトはおろか箱付きのソフトさえビニール包装されていなかった。そのうえ妙に強気な値段設定で、たしかにこんな具合で売られているのを買うくらいなら数時間前に行ったショップような、高かろうと丁寧に扱われている店で買うほうがマシだと考える人も少なくないだろうなという気になってくる。ゲームは2つばかり気になったものがあったのだけれど買わずじまいで、古本の方も一通り見て回ったけれど、結局買ったのは100円の文庫本一冊きりだった。

 そのあとは、以前一緒に池袋に来たときにも行ったゲームセンターに行って、いくつかの筐体で遊んだ。『エレベーターアクションリターンズ』を2クレジットと『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ』を1クレジット。それから配信型の筐体で『ヴァンパイアセイヴァー』をやった。いずれも5分とか10分とか、それくらい遊んだところでやられてしまって、それよりも、以前来たときにはどんな筐体があったかとか、あの頃はたしかあの筐体が人気だったとか、そういう話をしていた時間のほうが長かったかもしれない。

 ゲームセンターを出たのは21時ごろで、もうとくに行きたい場所もなくなっていたけれど、わけもなくぶらぶらと歩き回りながら話をした。来月のことや、来月から先のこと、“来月から先”という言葉によって想起させられる期間よりもさらに先のことを。不思議なことに、私はもうこの時話したことを、ほとんど全くと言っていいほど記憶していなかった。既にその記憶は“先のこと”という言葉から発される微妙なイメージと、酒に酔ったような感覚。そして小さな頭痛を伴っていたことのほかには何も残ってはいなかった。もしかすると弟も覚えていないかもしれない。そもそも、あの時私は何も話しはしなかったのかもしれない。

 20分ほどして駅に戻り、電車に乗った。電車の中は混み合っていて座る席はなく、二人とも立つことになった。私は来た時に読んでいた文庫本を開いて読みはじめた。読んでいたのはサガンの『夏に抱かれて』で、今こうして思い出してみると、この本を買ったのも弟と一緒にドーナツを食べに行ったときだった。
 2枚、3枚とめくったところで弟を見ると、吊革につかまりながら何もせず、ぼんやりと、眠そうにしていた。文庫本や、音楽プレイヤーは? と聞くと、文庫本は持ってきていないし、音楽プレイヤーは充電を忘れて電池がない、と言う。私はイヤフォンをつけたまま聴いていなかった音楽プレイヤーを貸し、ベートーヴェンの『月光』の入ったアルバムを流した。『月光』は今日観た映画(と、原作の小説)のなかで使われていて、私も何年か前にマリア=ジョアオ・ピリスという演奏者の古い録音を買っていた(後になって調べたところでは、何十年も前から度々来日している人気の演奏者で、今はマリア=ジョアン・ピリシュないしはピリスの表記で統一されているらしい) もちろん、私がこのCD買ったときにはプレイヤーの名前を気にすることができるだけの見識はなく、そのとき確認したのは“ベートーヴェンの『月光』『悲愴』”と“製作・製造:BMGビクター株式会社”の部分だけだった。
 弟はとくにこれまでクラシックに興味は持っていなかったので、とりあえず音楽プレイヤーを渡してふたたび文庫本を読み始めたけれど、気になってちょくちょく弟のほうに目をやったりしていた。存外集中して聴いているようで、私がいちいち顔を向けても、とくに気にしていなかった。それから先はいつものように本に集中するようにしたけれど、今度は空腹のためにひどく気が散って思ったほどにはページが進まず、結局行きと帰りとで読むことができたのは70ページほどだった。

 駅に着いたのは22時を少しまわったところで、お互いそれほど寝ていなかったこともあって、ふたりともひどくぐったりしていた。疲れたかと私が聞くと、弟は微笑しながら「うん」と答えた。
 家に帰ると私はコートを脱いだ後すぐに一枚毛布を出して、それにくるまって横になり、しばらくして眠った。目が覚めたのは日を跨いだ1時とか2時とか、それくらいだった。