2017/03/08-(1) 落ちてた謀反を拾ったまで

 弟と映画を観に行った。観に行ったのは『虐殺器官』というアニメ映画で、私は一年半ほど前に伊藤計劃の原作を読んでいた。私が読み終えてから半年ほどして伊藤計劃の作品がアニメになるという知らせがあり、弟に原作本を貸してみると興味を持ったらしく、結局製作元倒産による製作一時停止、再開、完成、公開を経ても読み終わらなかったものの映画を観に行くことになった。もともとは弟は私とではなく学校の友だちと一緒に数駅ぶん隣のシネマコンプレックスに行く予定になっていて、その劇場で――というよりはその劇場を含むほとんどの劇場で――この映画の上映が思いのほか早く終わってしまい、向こうの友だちが挫けてしまったために、急遽私と行くことになったのだ。

 関東で月を跨いだあとも上映が続いていたのは池袋と横浜の劇場だけで、関東では弟がよく行く劇場と同じ時期にほぼすべての劇場での公開が終了していた。私たちが行ったのは池袋のHUMAXシネマズというところで、サンシャイン60通りの、古本チェーンやなんかが入っているビルの何フロアかにスクリーンがあった。弟はもちろんこと、私もこの映画館には行ったことがなく、施設内ではなくビル前にチケット販売所がある光景は新鮮で、なんだか美術館みたいだなと私は思った。昔はこれが普通だったのはちゃんと知っているけれど、私が"映画館"というものを認識した頃にはすでにデパート併設の複合映画館が主流になりつつあり、ポップコーンの売店や完全指定席入れ替え制というもののない映画館というものをはっきりと肉眼で見たのは、比較的最近のことだった。

 チケットを手に入れたのは15時を少し回ったくらいで、上映時間の一時間前に(それも平日に)行ったのにもかかわらず、2席分の空きのある席は中央列の最後方か右列中央のみだった。私は内心少しがっかりしていたのだけれど、弟はさして気にしていないようだった。
 ふたりともとくに昼食らしい昼食を摂らずに来てしまったので、行く前にてきとうに調べておいたクア・アイナというハンバーガーショップに行くことにした。弟はチーズバーガーとジンジャーエール、ポテトのセットを、私はコーヒーを頼んで、カウンターに近い2人席に座った。私がコーヒーだけにしたのは、言うまでもなくお金がなかったからだ。
 となりの席には私と同年くらいらしいカップルが座っていたのだけれど、ときどきぼそぼそと話をするくらいで、お互い俯いてスマートフォンをいじっていた。私はせっかく異性と、それも高いハンバーガーショップにいるのに何故もっと楽しく話をしないのだろう?と思いながらときどきにその二人を見ていた。

 弟とは数年前にも一緒に池袋に来たことがある。東口のビックカメラのある大通りからひとつ線路側に入った風俗店やパチンコ店なんかがある通りにあるゲームセンターでストリートファイター2の筐体を一時間貸し切って遊ぼう、というのが目的で、その時にも一緒にハンバーガーを食べた。食べに行ったのはサンシャイン通りから少し小道に入ったところにあるフレッシュネスバーガーで、その時はちゃんと私もハンバーガーを頼んだ。さすがにもうかなり前のことというのもあって、その日具体的になにをしたのかはよく覚えていないのだけれど、ひとつ未だにはっきりと思い出せるものがあった。それは日が暮れかけてきた、16時だとかそれくらいの時間帯にサンシャイン60通りを歩いていたときで、放課後の学生や、飲み屋の勧誘やなんかでかなり通りは混み合っていた。私は弟に「この人混みだとはぐれてもどこにいるかわからないな」と言い、弟がうんと返事をする。私が「はぐれないように手をつなぐ?」と冗談めかして言う。それに弟が笑い、私も笑いながら「さすがにそれは?」と聞き、弟も同じように「さすがにそれは」と返す――といったような、そういう会話をしたときのことだ。
 出てきたハンバーガーをやっつけている弟にそのことを聞くと、向こうもそのことを覚えているようだった。

 16時頃には店を出ておきたかったので、弟には急ぎ目に食べてもらった。私が自分の分までは買わなかったことを気にかけているのがなんとなくわかったので、ハンバーガーをひと口と、ポテトをちょくちょくつまませてもらった。私は、お金がなかったのはたしかだけれど、別にいやいや奢ったつもりもなかった。こういう高いハンバーガーショップやなんかはカップルや友人連れが多く、仮に財布に余裕があっても一人では行く気にならないことがほとんどで、奢ったハンバーガーは、言ってみれば"入ってみる機会をつくってくれた弟への手間賃"といった感じだった。
 ひと口食べさせてもらったハンバーガーは、もちろん美味しかった。私が頼んだコーヒーは、ファミリーレストランのドリンクバーやなんかで淹れられるものと大差ない、よくあるコーヒーだった。

 
 ハンバーガーショップに来るまでに少し手間取ったからと少し早めに店を出た。けれども、交差点を経由せずに60通りに行ける地下通路の存在に戻る際に気づいて、わずか3分で劇場ビルの前まで舞い戻ってきてしまった。16時から数分たったところで、まだ開場にさえならない時間だった。
 
 少しだけ暇をつぶすために、先月にひとりで一度行った、60通りからひとつ小道に入ったところにある小さなレトロゲームショップに入って、一緒に持っているハードウェアのソフトを見てまわった。ソフトは擦れ防止にそれぞれビニールで包装されていて、ジャンク品扱いではなく返品も出来るらしかったけれど、それを考えてもかなり強気な値段で、到底買う気にはなれなかった。どれも劇場のあるビルの2階と3階に入っているチェーンショップの数倍の値段で、リサイクルショップに行けば100円で転がっているような、ごくありふれたメガネ型の汎用ケーブルが480円なんて値段で売られているのにはさすがに笑ってしまった。
 もともと何かを買うつもりはまったくなかったので、うちにあるソフトがいくらで売られているのかとかそういった話をしたり、たまに手にとってパッケージを眺めたりするくらいにとどめて、15分ほどでさっさと店を出た。
 
 劇場に行き、席についたのは上映開始まであと10分といったところだった。席は満員、ないし満員近く。意外なことに女性が多かった。以前『機龍警察』という、ミリタリー色のある近未来を舞台にしたSF小説シリーズに存外女性の読者が多いという話を聞いて驚いたことがあったけれど、これもそのシリーズと同じようなことなのかもしれない。