2017/01/27-(1) なんのためにそんな手間を

 ひと月ほどの間国立近代美術館の分館のフィルムセンターにて開催されていた戦後東ドイツの映画ポスターの小規模展示*1を観に行ってきた。その日家を出たのは13時過ぎで、その前に、近く必要になるはずのものなどを買い漁っていると、電車に乗る頃にはすでに14時を回っていた。
 途中で一度下車してメトロの1日乗車券を買い、それから国立近代美術館のある竹橋へ向かった。飯田橋で乗り換える際に、5年ほど前に同じようにひとりで竹橋に行こうとした時(たしかその時の目当てはパウル・クレーの特集展示とか、そんなものだったと思う)、乗り換え方が分からずそのまま改札を出て、あちこち歩き回った挙句隣の神楽坂まで行ってしまったことを思い出した。幸いにも目当ての路線だったからその日は無事たどり着くことができたのだけれど、しばらくしてから間違いに気づいて、余計に運賃を払ってしまったことに腹を立てていたのをまだ覚えている。私はこれから先、近代美術館に行くために飯田橋で乗り換えるたびに――場合によっては飯田橋で降りるたびに、そのことを思い出すのかもしれない。

 今回は問題なく竹橋にたどり着いたのだけれど、それとは別に間違いがあった。美術館まで行ってもフィルムセンターの文字がまったく見えて来ないので本館の受付の女性にフィルムセンターはどこにあるのかと聞くと、ここではなくここから銀座方面に地下鉄を乗り継いだ先の京橋というところにある、という話だった。行く前に地図検索で予め簡単に場所を調べておいてはいたのだけれど、どうやら誤った位置をサジェストされたらしかった。受付の女性は私が“フィルムセンター”と言うとすぐにメトロの乗換案内と、竹橋から京橋までの行き方の書かれた黄色い紙を提示しながら丁寧に説明してくれた。たぶん、私のように勘違いしてくる人は案外少なくないのだろう。
 案内の紙はいただいても構いませんかと聞くと、「どうぞお持ちになってください」と、まったく綺麗な言葉で、さらに笑顔まで添えて言ってくれたので、提示された案内を一通りもらい、お礼を言って外に出た。美術館を出てすぐの、地下鉄入口前の交差点で信号を待っていると、あの礼儀作法の教習用映像みたいに丁寧な受付の女性の姿が思い起こされて、私はなんだか気恥ずかしくて、みじめな気分だった。

 地下鉄の乗り換えは今度も問題なく、京橋で降りたあとの地上出口まで完璧だった。その上ちょうど私の前に同じくフィルムセンターに行くらしい男性がいた(スーツの男性やお金持ちらしい年配の男性なんかがほとんどの中で、彼だけが私と同じような軽めの格好をしていた)ので、さり気なくその後ろへ着いていくと、迷うことなくまっすぐフィルムセンターのあるビルのフィルムセンターのあるフロアまでたどり着くことができた。

 特集展示は展示室の最奥にあり、手前の常設展示には日本映画黎明期の機材やポスターのほか、フィルム映像のデジタルコピー映像などが座って閲覧できた。川端康成原作・脚本参加の『狂つた一頁』の一部や、1923年の関東大震災直後に撮影された映像資料なんかがあって、人によってはひとつひとつしっかり映像をチェックしていたけれど、私はそのうちで気になったものだけ観て、あとはゆっくり歩きながら少し観るだけにとどめた。
 実写映像のほか、アニメーションにもスペースが割かれていて、一般的な絵によるアニメーションや、切り紙やクレイアニメの映像資料*2があった。特集展示のスペースの手前には切り紙アニメーションの短い資料映像があったのだけれど、映像と一緒に童話風の不思議な歌が流れていて、近くで聴いているとなんだか妙な気分だった。その上、なかなか大きな音で再生されているから、少し離れていても耳に入ってくる。特集展示のスペースまで行ってもまだうっすら聴こえるものだから、このまま聴いていると耳について離れなくなりそうだった。

 特集展示で展示されていたポスターは西ドイツで製作された欧州ヌーヴェルヴァーグベルイマンヴィスコンティ、タチといった名匠の作品が主で、日本映画もいくつかあった。東ドイツ製作のものは共産主義圏の映画が中心で、戦前ドイツや戦後フランスの作品も見られた。
 東ドイツの作品はいずれも日本未公開で名前もまったく聞いたことがないものだったから詳しいことはよくわからなかったけれど、一般市民や労働者が主役の映画が多く、共産思想の啓蒙も兼ねているらしかった。とは言え、ポスターのデザインはそうしたプロバガンダ色は薄く、ポスターだけではどういった映画なのかまったく想像がつかなかったし、もしかするとそれほど政治的色彩が濃いわけでもないのかもしれない。東ドイツのものでとりわけ私が気に入ったのは、子どもの手らしい写真の切り抜きが白背景にぽつんと載っているだけの作品で、それはルイ・マルの『さよなら子供たち』のポスターだった。このポスターのみではまったく映画の内容について見当がつかないし、それどころか、このポスターを作った人自身、内容を類推させる気さえない――さらに極端な言い方をするなら、映画と関係なしに製作した作品をポスターにあてたようにも思えた。けれども、私はそれが気に入った。他にも印象的だったものはいくつかあったはずだけれども、もう記憶は薄らいでいて、それがなんという映画のポスターだったのか忘れてしまった。この『さよなら子供たち』のポスターに限らずほとんどのポスターは抽象的で捉えどころがなく、はっきりと「これはあの映画のポスターだ」と直感で分かるような要素に乏しかったから、それも仕方がないことのような気もする。

 一時間と少しほどの間、ポスターや展示物を観ていた。いつもよりはテンポよく見て回っていたような気がするけれど、ふだんとそれほどには変わりがなかった。
 ロビーに戻ってチラシやなんかを眺めていると、丸っこい体型をしたモッズコートを着た金髪の女の子と、その子と同じくらいの背丈の女の子が受付の女性に特集展示の目録はいくらかとか、過去の目録はどんなものがあるのかとか、大きな声で話していた。女の子の声はほんとうにうるさくて、なんだか聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいだった。
 とくに興味を惹くチラシがないのが分かったところで足早にエレベーターに乗り込み、7階から1階まで下っていった。下へと静かに落ちていく感覚を味わいながらなんとなく、さっきの女の子はたぶんとてもいい人なのだろう、と思った。それから、あの子たちは多分美術系の大学に通っているのだ、と考えた。フィルムセンターのあるビルを出て、地下鉄への階段を下っていく頃にはその想像はなにか確信めいたものを帯びはじめていて、そもそも芸大に通っていると彼女たち自身の口から聞いたような気さえしていた。

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*1:戦後ドイツの映画ポスター | 東京国立近代美術館フィルムセンター

*2:余談だけれど、最近になってフィルムセンター所蔵のアニメーションの映像資料の一部がウェブサイト『日本アニメーション映画クラシックス』にて閲覧できるようになっている。