2016/12/21-(2) 「切符がない」と私は言った。

**

「あなたは……」と、まず老夫婦の男性の方が隣のメタルフレームの眼鏡を掛けた男性に声をかけた。「もう永く、ここに通っていらっしゃるんですか」
相手の男性は少しびっくりしたようで、ややうわずった声で「ああ、私ですか」と言い、それから少し間を置いて返事をした。
「ええ、もうそれなりになりますね――とは言っても、私も通い始めてから10年くらいで、この店ができたのがもう何十年も前で、ここに移ってきてからでももう20年近く経ちますから、それほどでもないですよ」
夫人が「とんでもない、もう10年だなんて。大分長く通っていらっしゃるんですね」と間を繋いだあと、ふたたび男性が話し始める。
「私たちはね、あの*****って雑誌で紹介されているのを見て、それじゃあ少し遠いけれどもせっかくだから行ってみようって、それで来たわけでしてね……しかも、それが今年の2月のことですから、私たちなんかはまだ1年ぽっちも経っちゃいないんですよ。」
「そうでしたか。ちなみに、お住いはどちらで?」
「Hです」とふたたび夫人が返事をする。「わかりますかね、H市」
「いや、ちょっと……。ええと、どの辺りなんですか」
ふたたび男性が口を開く「一応S県内なんですが、北の県境のところでして。ここからはかなり離れてるんです。今日は県央まで車を使って、そのあとは電車でここまで来たんですよ」
「そうすると、大分時間がかかったでしょう」
「大体2時間弱、かかりましたね。道はもう覚えましたから、最初に来たときよりは大分楽になりましたけど。あなたはどちらからいらっしゃったんですか」
「私はOというところです」そう言ったあと、老夫婦がしっくり来ない顔をしているのを見て言葉を付け足した。「都の、N区ですよ。私も北の境で、Sと接したところに住んでるんです」
「というと、ここからも大分近いわけですね」
「ええ。そこからだと微妙に路線が合わなくて、バスと電車を乗り継がなくちゃならないんですが、それでも1時間弱ってところです」
「それはうらやましい」と夫人がにっこり顔で言った。

 ここでコーヒーをお互い口にし、しばらくの間があった。それからふたたび口を開いて、つぶやくように、「いいお店ですよねえ」と言い、それからまた会話が再開された。
「そちらはもう、仕事などは退職されたんですか」と夫人。
「ええ、数年前に」
「ではもう、ここにも来たい時に来られるわけですね」
「そうですね。大体週に一回くらいはここに来てますよ――そちらは?」
ここで男性が口を開く。
「私の方は退職までまだあと2年ばかり残ってましてね。今日は休みを使ってここまで来たわけなんです」
それは大変でしたね、と眼鏡の男性が言うと、男性は「でも」とまず言ったあと、言葉を選んでいるような、悩ましげな顔で一息間を置いてから言葉を繋いだ。
「でもね、こういう場所で時間やお金を使って過ごせるっていうのはほんとうに幸せなことだと思うんですよ。賭け事だとか、そういったものじゃなくてね。こうやって音楽を聴いていると――これはきざな言い方ですけども――なんというか、ほんとうに心が洗われるような気分になりますよ」
「ええ、ええ」と男性が頷く。
「うちからじゃあここに来るのにも一苦労ですけれど、ぼんやりと目的もなくその日その日をなんとなく潰して過ごすよりは、こうやって時間をかけてでもここまで来て、美味しいコーヒーを飲んで、いい音楽を聴いて過ごす方がずっといいもんですよ」
「ええ、ええ」
男性は頷いた。私には、さっきよりも強く頷いたように見えた。

ふたたびお互いコーヒーを一口啜り、間を置いてから話し始めた。
「他のジャズ喫茶にもあちこち回られたりするんですか」と眼鏡の男性。
「ええ。家が家ですから、それほど沢山は行けませんけど。他のところだと、あの、ジャズ評論家のGさんのやっている四谷のお店なんかにも行きましたよ」
「ああ……」
「でも、やっぱりこの店が一番いいですよ。他のところみたいに"私語厳禁"なんて張り紙もないし、こうしてずっと喋っていても他のお客さんもとくに気にされないでしょう」
ここでちょうど、コーヒーの配膳を終えたアオキさんがタルトの皿を片づけに彼らの席にやってきて、皿を盆に載せながら少しだけ会話に加わった。「うちなんか、マスターが一番うるさいでしょう。お客さんはみんな静かにしてるのに」
眼鏡の男性は小さく笑い、アオキさんが盆を抱えて向こうに行ってから、話をし始めた。最初に声をかけられたときのような調子ではなくて、今はかなり気楽に話をしていた。
「私も今はここに来ることが多いですよ。もうこういう喫茶店も大分減ってしまったし、流すにしても、他じゃ大きな音でかけてくれないし――」
「ええ、ええ」と夫人。
「若い頃は新宿あたりのジャズ喫茶にもだいぶ通ったもんですが、もうだいぶ潰れちゃいましたからね。今残っている新宿の”D”なんかも、もう地下だけになってしまったでしょう」
「そうでしたね。最近は音の問題で、ジャズバーだとかをやるにしても地下でやることが多いみたいで……」

 その後も二十分ばかり老夫婦と眼鏡の男性は話し続けていた。ジャズ喫茶が全盛だった頃のこととか、昔熱心に聴いていたレコードはもちろん今も好きだけれど、他にもかつてほとんど気にしていなかった演奏者の録音が今になって妙に沁みることがあるとか、今のレコード復権の潮流について、今の若い人たちにはなにか新鮮なところがあるんだろうとか、そういった話だった。
 一通りの話が終わると、「そろそろ、私たちはお先に失礼します」と老夫婦が言い、最後にお互いに名字を教え合い、「また、お会いすることがあれば」とひとこと添えてお辞儀をしたあと、駅前のデパートのものらしい紙袋やなんかを抱えて店を出ていった。名前は私もちゃんと聞いていたのだけれど、日記で名前を置き換えるならどんな名字にするのがいいだろうと考えているうちにごっちゃになってしまって、どれが本当の名字だったのかわからなくなってしまった。老夫婦も眼鏡の男性も、“タナカ”のようなありふれた名字でも、“アイシンカクラ”のような珍しい名字でもなかったことだけは確かだった。

 老夫婦が店を出てからしばらくの間、私は彼らの会話を頭の中で思い返していた。とくに「こういう場所で過ごせるというのは――」のところを何度も思い返した。私は去年、こんな、さっき彼が言ったような言葉を本で目にしたことがあった。それは、青い背の文庫本で、上下巻の長編小説だった。細部は覚えていないからもしかするともっと違うニュアンスだったかもしれないけれど、その本に書かれていたことは間違いない。その言葉はその小説では老人ではなく二十何歳の青年の言葉で、同じように喫茶店で発せられたものだった。
 あの老夫婦の……とくに男性のほうの喋り方は、なんだかとても若々しかった。彼は店にいる間中ずっと、こうして音楽を聞き、コーヒーを飲みながら人と話をすることがたまらなく嬉しい、というような、そういった顔つきだった。それは半年間せっせとおこづかいを貯めてようやく欲しいものが買えるまでになったとか、気になっていた女の子とやっと話す機会ができた男の子のする表情とよく似ていた。
 きっとあの老夫婦はいい人だろうな、と私は思った。そして、彼らが今日、もし私に話しかけてくれたならどんな話をするだろう、と考えた。たぶんそれは、マンションの他の住人とエレベーターでかち合った時のような、至極たわいもない世間話だろう。でも、それでも彼らは今日と同じようにとても嬉しそうな顔で話をしたり、話を聞いてくれたりするんじゃないだろうか。そして満足そうな顔をして店を出て、駅で電車に乗り、県央あたりに駐めていた車に乗ってH市に帰っていくんじゃないだろうか。


 外がすっかり暗くなり、ずっと掛かっていたエラのレコードがようやく終わると、今度は60年代以降らしいファンキーな、力強い音楽が流れ出した。夫婦と話していた眼鏡の男性も少し前に帰っていった。私は新しくかけられたレコードを2曲目まで聴きながらピザトーストとコーヒーの代金を財布から出し、文庫本と紙とペンをバッグの中にしまい、3曲目が始まったところでコートを着、代金を払う前に今かかっているレコードを確認した。それはジャズ・メッセンジャーズの『フリー・フォー・オール』だった。
 そしてアオキさんにごちそうさまでしたと言い、代金を払った。ずっと普通の椅子で腰を丸め膝に肘を載せながら聴いていたからか、アオキさんに「あそこの席、狭かったでしょう。すみません」と謝られた。私はそんなふうに言ってくれるとは思わなくて、ただ笑いながら「いえ……」としか言えなくて、あとはもういつものように二度目のごちそうさまでしたを言うのが精一杯だった。

 店を出た後はいつものように音楽を聴きながら20分ほどあてもなく駅の周辺をぶらついた。その時の私が何を聴いていたのかは、もう覚えていない。ただ、さっきのアオキさんの言葉と昨日行った低くて小さい座席しかない名曲喫茶のことを思い返して、アオキさんがもしあの店の店員だったらきっと誰かが店に来て、出ていくたびにすみませんと言わなくちゃならないだろうな――と、そんな馬鹿なことを考えていたことは覚えている。