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2016/10/12-(1) 夏のいちばん暑いところ

 また美術館に出掛けた。とはいっても、今度は都内でやっているような大々的な特集展示ではなくて、数ヶ月限定で所蔵品を数十ばかり展示するというごく小規模なものだった。
 県立美術館のある場所は私の街からだと複数路線を乗り換えなければならない場所にあったのだけれど、運賃は往復でもワンコインで収まるくらいだったし、その街には以前行ったことのある喫茶店や中古レコードショップもあったから、なにか半日足らずで気晴らしをするにはちょうどよかった。

 家を出たのは15時を少しまわったところだった。数十分掛けてゆっくりと出かける用意をして、それから、誰かが引っ張り出してきたらしい私が昔使っていたオレンジ色の小さな音楽プレイヤーを少し充電して、それをジーンズの後ろのポケットに入れて、文庫本と財布とファイルの入ったバッグを肩に掛け、外に出た。


 その音楽プレイヤーを買ったのはもう7,8年ほど前で、たしか貰ったお年玉に貯めていた小遣いを数千円ほど足して買った覚えがある。使い始めて3年ほど経ってからあちこちに不具合が出るようになって、それから新しい別のメーカーのものを買ったのだ。
 ただ、別に起動しなくなったわけではなくて……もちろん、音量キーが利かなくなったとか、イヤフォン端子の接続が悪くなったとか多くの不具合を抱えてはいたのだけれど、ちゃんと起動して音楽プレイヤーとして扱えるだけには動いていた。中には買い換える前に聴いていたアルバムなんかも入っていた。少し前に日記に書いた相対性理論の『シンクロニシティーン』とか、People In The Boxの『Family Record』そしてandymoriの『ファンファーレと熱狂』……。


 県立美術館のある駅までは、ずっと『ファンファーレと熱狂』を聴いていた。これもシンクロニシティーンと同様に、音楽プレイヤーやらコンピュータなんかを新しいものに替えているうちにデータを失くしてしまったもので、動画サイトに掲載されているミュージックビデオを観たのを除けば、聴くのはもう3年以上振りだった。
 andymoriというロックバンドは、以前に日記に書いた相対性理論などに劣らず熱心に聴いていたバンドで、彼らがこのアルバムをきっかけに雑誌やらウェブメディアなんかで盛んに取り上げられるようになる以前からよく聴いていたこともあって、彼らに対する思い入れもひとしおだった。

 こうしてまた古いプレイヤーで改めて音楽を聴いていると、不思議なことにそれまで思い出しもしなかったようなことをあれこれ思い出した。買って二年を過ぎた頃から音量キーの利きが悪くなって、最後の年にはいくら押してもまったく利かなくなってしまったこととか、無理やり音量を調節するために理屈もよくわからないまま音質設定のパラメータをいじくって無理やり音を小さくしていたこと。姉さんが持っていたプレイヤーと被らないようにわざわざ趣味じゃないオレンジ色を選んだこととか、そんなことを。


 この駅で降りるのは今日が二回目で、去年の梅雨前頃にも用事があってこの駅で降りた。用意しなければならない書類や資料が郵送では期日に間に合わない事を知って、直接資料を頒布している事務所に受け取りに行ったのだ。普通そんな切羽詰まった状況になる人はまずいないらしく、ばかみたいに汗を流しながら見慣れないビルに入って要件を伝えたときに、事務員の人が少し怪訝そうな顔をしたのをよく覚えている。私がその用事のことではっきりと覚えているのはそのことだけで、まだ一年ぽっちしか経っていないのに、もう私には何年も前の出来事のように思えたし、その事務所がどこにあったのかはおろか、それが駅の東口側にあったのか西口側にあったのかさえもはや定かでなかった。


 美術館は駅を出て10分ほどまっすぐ行ったところにあって、周囲は公園になっていた。公園はきれいに整備されていて運動をしている人やベンチで本を読む人もいた。これといって目立った遊具は見かけなかったのだけれど、友達と遊びに来たらしい小学生なんかもいて、こういうきれいな公園が友達と遊びに行ける距離にあるのはいいな、と私は思った。
 賑やかな外とはうってかわって美術館の中は閑散としていて、窓際の椅子に見える何人かと、案内所とグッズ販売コーナーに館員の女性が見えるくらいだった。結構大きな建物だったから、もしかすると他のフロアは結構賑わっているのかもしれないけれど(調べたら、三階建てで、地下にもフロアがあるらしかった)
 案内所でチケットを買って、展示室に向かった。


 展示室の中はとても閑散としていた。美術館の規模や知名度に限らず常設展示ではどこでもそれほど人はいないものだけれど(世界遺産になった今はどうか分からないけれど、国立西洋美術館くらいの美術館でも常設展示では、作品の正面で立ち止まれるくらいには空いている)、これほどまで人が少ないのは初めてだった。
 展示室は入り口のあるフロアとその倍くらいの広さのある奥のフロアとに分かれていて、入り口のフロアに20世紀前後の印象派とそれに影響を受けた日本の画家たちの作品とが、奥のフロアにはそれと同時代から20世紀末までの純日本的な作風の国内の画家たちの作品が飾られていた。私の目当てだったルノワールの『三人の浴女』は展示室に入ってすぐに目に入る位置にあった。

 去年に行った事務所のことを忘れてしまったのと同じように、この8月に行ったルノワールの特集展示の時に考えたあれやこれやのほとんどは、もう私の頭の中から出ていってしまったか、あるいはそう簡単には引き出せない隅にまで押しやられてしまったらしかった。私の他には館員を含めても二、三人しかいないほとんど無音と言っていいような展示室の中で立ち止まって、真正面から眺めているのに、私はもうあの日のことを思い出そうとするだけで精いっぱいで、もはやこの絵を眺めることができるという事実に対する喜びもなかった。私は何分かの間立ち止まって、『三人の浴女』を眺めてから、他の絵に移った。

 私がほかの絵で気に入ったのは、ピョートル・コンチャロフスキーという画家の『グルジア軍道(1927)』という絵だった。緑を蓄えた山間の道が大きなキャンバスに描かれていて、筆致は豪胆だけれど決して奇抜ではない、しっかりとした絵だった。その他にもユトリロ風の蔓草が壁に張りついているアパートメントの絵があって――たしかこれは日本の画家の作品だったと思うのだけれど――私はなんとなく、ジャック・タチの『ぼくの伯父さん』の、ユロ伯父さんが住んでいる変な構造のアパートメントを思い出した。

 奥のフロアはいずれも日本画家の作品で、それは国外の美術の技法を取り入れたものから、純日本的なものまで様々だった。あまり熱心に日本画家の作品を見ることがないのもあって、私はなんだか日本史の資料集を見ているような気分だったのだけれど、決して退屈ではなかった。中には幅が2メートル超あるとても大きな絵もあって、名の通った画家のこれだけ大きな絵を一人じめにするというのは、よくよく考えればとても贅沢なことだった。

 だいたい30分から40分ほどそこで絵を眺めていた。全部が全部興味のある絵ではなかったけれど、せっかくほとんど人がいないのだからと思って、一枚一枚かなりじっくり観た。そして、ひと通り見て満足したところで、出入り口の学芸員の女性に軽く会釈をして外に出た。