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2016/08/14-(2) もう一人の女神よりも遥かに年少で

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 半分を過ぎたところで、展覧会の目玉の『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』が展示されていた。その前後でも『ぶらんこ』や『ガブリエルとジャン』、『都会のダンス』『田舎のダンス』両作などが展示されていて、とくにこの辺りでは立ち止まってじっくり観ている人が多く、ときどきに係員の女性から「ご鑑賞の際は立ち止まらずゆっくりとお進みになりながらご覧ください」と言う声が近くから聞こえてきた。

 ルノワールゴッホをはじめとする印象派の画家たちの作品は毎年のようにジャポニスム展だとか、ルーヴル美術館展だとかうまいこと特集を組まれては日本にやってくるけれど、『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』の日本での展示は今回が初めてだったという。やはり絵の周囲はかなり人がいて、混雑を避けるために最前部は仕切りを立てて、列に並ばなければ入れないようになっていた。
 母は後ろで観ることができればいいからと言うので、私一人で列に並んで、ゆっくり歩きながら最前列で絵を眺めた。とはいっても仕切りを挟んだ後ろでは列に並ぶの億劫がりつつもじっくりと眺めたいという人たちが仕切りを倒さんばかりに前のめりになって絵を観ていたので、あんまりちゃんと観た気はしなかった。……ただ、去年に彼の息子のジャン・ルノワールの『ピクニック』のデジタルリマスター版が上映されることになった際、そのチラシに「光が踊っている」と大きく書かれていたことを思い出して、
「ああそうか、“光が踊っている”というのはこういうことだったんだな」
と思った。なんとなくこの絵を観ていると目頭が熱くなった。

 中央のベンチと『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』を挟んだ位置には大型のモニターが設置されていて、息子のジャン・ルノワールの『フレンチ・カンカン』の映像を『天国と地獄』をバックに数十秒ごとに繰り返し流していた。
 こうして父ルノワールの作品を観ていると、息子のジャン・ルノワールの数々の作品の――とくにフランス時代の作品の多くは、父の存在や作品たちが少なからず下敷きになっていたのだということに気付かされた。フランスの田舎町を舞台にした『ピクニック』はまさにそうだし、『獣人』や『女優ナナ』を撮ったのも、原作者のエミール・ゾラが生前父と交流を持ち、早い段階から父の作品を高く評価していたことと無関係ではないだろうと思う。他にも末期には同じ印象派エドゥアール・マネの絵からタイトルをとった『草の上の昼食』などもある。
 それから、先に書いたように、『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』と同じ区画に幼年時代ジャン・ルノワールを描いた『ガブリエルとジャン』という作品があったのだけれども、これは観ていると思わずにんまりしてしまうような絵だった。というのも、実際のジャン・ルノワールとほんとうによく似ていたからだ。今映画とともに紹介される彼の写真のほとんどは老年期のものが多いのだけれども、それと比べてもよく似ている。まるい輪郭やぷっくりした愛嬌のある頬なんかはとくにそっくりで、確かにこの絵を描くルノワールのそばに幼いころの彼がいたのだなという感じがした。

 それ以降の作品でも目についた作品は多かったのだけれど(それは晩年の『浴女たち』であるとか、中学生の時に美術の教科書に載っていた『ピアノを弾く少女たち』であるとか)、なんだかうまく考えがまとまらなかったので、やめておこうと思う。それに、今書かずともなんとなく、そのうちに書くことが出来るような気がする。

 母とは全く別々に行動していたわけではなくて、半分くらいは一緒に話しながら見て回った。40前後くらいの女性の裸婦画について「腋の毛がいいと思うな」とか、まん丸の顔の女性の肖像画について「これはちょっと叔母さんに似ているな」とか、そんなことを言ったりしていた。他にも、ルノワールと同時代の画家の作品を展示していた区画にジャン=ベローという画家の『夜会』という絵が展示されていたのだけれども、これを観ているとウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』を思い出すね、なんて話もした。

 展覧会から出たあと、土産物の売店でポストカードとチケットファイルを買った。ポストカードは『田舎のダンス』『ジュリー・マネ』『ガブリエルとジャン』で、チケットファイルは『都会のダンス』のものにした。後になって、やはり『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』のポストカードも買うべきだったな、と少しだけ後悔した。


 美術館を出たのは12時過ぎで、その後は神保町に向かった。自分の手違いがあって少し遠回りをしてしまったのだけれど、13時頃には駅を出て陽の光を浴びることができた。
 ここで既に母も私も脚が痛くなっていたのでどこかで昼食がてら休もう、ということで、書泉グランデの裏手にあるミロンガ・ヌオーバという喫茶店に入った。日曜の昼時ということもあって席が埋まっているかも知れないな、と思ったのだけれどちょうど人が出たところらしく4人席に座ることができた。その後からも絶えず若い男女二人組なんかが店に入ってきては狭いグループ席や喫煙席に座ったり、あるいは席がなくて残念そうに出ていったりしていたので、それほどお腹は空いていなかったのだけれどコーヒーを2つと、ピラフとピザを注文した。

 店内はタンゴがかけられていて(ジャズやクラシックでなく)、どうやらレコードで流しているらしかった。壁際の棚には大量に洋ビールの空き瓶が並べられていて、一般に言われる古めかしい喫茶店とはまた違った空気を醸していた。コーヒーの他にも酒類、とくにビールが豊富で、実際に注文する人もいるらしく昼間にも関わらずビールが運ばれていくのを見ることもあった。

 20分ほどしてコーヒー2つとピラフが、それからさらに5分ほどしてからピザが運ばれてきた。どちらもちゃんと手作りらしく、ピザ生地は手作りらしい小麦っぽさがあった。格別美味しいものではなかったけれど、だからこそ「ああ、今自分は食べ物を食べているのだな」という実感があった。ただ、量が多いのと、寝不足で胃腸の具合が万全ではなかったこともあって、残り一切れ、二切れというころには既にお腹いっぱいになっていた。それでも、ゆっくり母と話しながら食べているうちに大分元気も戻ってきて、店を出た後もとくに体調を悪くすることもなかった。

 自分の見立てではゆっくり古書街を見て回るつもりだったのだけれど、盆の真っ只中だったこともあって、通りの古書街の半分近くが店を閉めていて、他にも喫茶店も開いていないところが多かった。母の方は数十年ぶりの神田にいろいろな思いを馳せていてとくに気にしてはいなかったようだったけれど、私としてはすこし残念だった。外で単行本を並べていた店で新井素子の『おしまいの日』や小川洋子の『冷めない紅茶』なんかを少しめくったりしたあと、単行本では重いから、ふつうの書店で文庫本をなんかを久々に来た記念に買っておくのがいいんじゃないかと言って、三省堂に行った。私の街の書店もそれなりに大きな書店だけれど、さすがにビルまるまる書店となると規模が段違いで、母も興味深そうにあちこちを眺めていた。40分ほどかけてじっくり文庫本の棚を見て回って、青山七恵の『かけら』ともう一冊、買って帰った。

 帰りの電車のなかで、私も母も本を読んだ。私は持ってきたある作家の旅行記を、母は買った『かけら』を。母の方は途中で眠気が来て、そのまま降りる駅まですっかり寝入っていたけれども、私はそのまま70ページほど読み続けた。そして一区切り付いたところで、ルノワールのことを――“イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢”のことを考えた。