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2016/08/24 ぼくは心から、相槌を打った。

 ふた月ほど前に買った相対性理論の『シンクロニシティーン』を、熱心にとまではいかないにしても、ときどきに通して聴き返していた。
 
 先の日記に書いたようにこのバンドはちょうど私が学生をやっていた頃に盛んに活動していたグループで、私の周囲で同じように聴いていた人は少なかったけれど、インターネットの音楽メディアではかなりよく取り上げられていた。 当時私が気に入っていたのはわけの分からない歌と哀愁漂うギターの音だったのだけれど、何年も経ってから聴いてみるとそうした世界観というのが単なる詞やボーカルの声のみで形成されていたわけではなくて、もっと多くの要素によって、それもひとつひとつの曲によって異なる要素によって形づくられているものだということが理解できた。今の私が気に入っているのはドラムの音で、リズム楽器というよりは、むしろ歌のような感触がある。とりわけ“チャイナアドバイス”はほんとうに心地がよくて、通しで聴くときでも、一通り聴き終わった後この曲だけもう一度繰り返して聴いたりしていた。


 この『シンクロニシティーン』が私の携帯音楽プレイヤーの中に入ったのは高校生になる前後くらいのときで、一年生の夏頃にはほんとうによく聴いたものだった。とくによく覚えているのが夏休みの時で、その時期は図書室の開放日や、学科の一部の生徒が参加できるコンテストの補習授業のためにちょくちょく学校に行っていた。コンテストは二人一組でやるもので、私と組んだのはヨシカワ君という子だった。ばさばさした硬い髪質の、眼鏡を掛けた子で、すこし滑舌が悪かった。けれども他の同級生や私と比べてひねくれたところがなくて、野暮ったいところがあるのを除けばきっと色んな人に好かれるだろうな、と、そんなことを思わせる子だった。
 ある日、昼過ぎくらいに学科の補習が終わって、オレンジ色の音楽プレイヤーで音楽を――相対性理論の『シンクロニシティーン』を――聴きながらバス停で待っていると、ヨシカワ君があとからやってきた。たまたま乗るバスが同じだったので、同じバスに一緒に乗って、後ろから二列目の二人席に並んで座った。「コンテストも近づいてるけどどうかな、うまくいくかな」とか「いつもこれくらいバスが空いていたらな」とか、そんなことをいくらか話したあと、彼は急にルービックキューブをバッグから取り出して、かちゃかちゃ動かし始めた。彼はルービックキューブが得意らしく、私がてきとうに色を崩したキューブを渡すと、3分とかけずにきれいに戻してしまった。「自分がやったら多分一生かかっても元に戻せないだろうな」と私が言うと、「そんなことはないよ」と言って、攻略法を教えてくれた。細かいところはよく覚えていないけれど、確かこんな感じだった。
「3×3のキューブなら誰でも解けるよ。やり方さえ知っていればこれと言って難しいところはないんだ……まず一面、何色でもいいから揃えてやる。その後は色の配置を見ながら端のラインと端のラインを交互に動かしていけば、とくにあれこれ考えなくても出来てしまうんだ」

 彼はそのあとは、私を気にせず無心でルービックキューブをやっていた。最初私は彼がルービックキューブを解けることを私に自慢したかったのだと思ったのだけれど、そうではなかった。彼はただ、ルービックキューブを解きたかっただけのようだった。私は彼に気を遣わせないように「なんだか眠たいから少し寝ていてもいいかな、帰ってもすぐに用事で寝る暇がないんだ」とかそんなふうなことを言って、外していた片方のイヤフォンを付けて、背もたれにもたれて目を閉じながら音楽を聴いていた。

ゴー、ゴー シンデレラ
急げば間に合う
ダンスパーティ 舞踏会
さあ、さあ シンデレラ
純白のドレスまくって
タンデムでお城まで

 何番めかの曲を半分ほどまで聴いたところで薄目を開けて隣を見やると、彼は相変わらず目を閉じる前と同じようにルービックキューブをあれこれ動かしていた。私の方は全く気にしていなかった。私はもう変に気を遣いすぎることもないなと思ってそのまま目を開けて、外の風景を眺めながら音楽を聴いていた。
 外は本当にいい天気だった。交差点を曲がるまでの直線の道は規則正しく街路樹の並んだ緑の多い通りで、木陰のシルエットや葉っぱの色は見ているだけで気持ちがよかった。それから先の停車駅でも乗ってくる人はほとんどおらず、バスはクーラーの涼しい空気とあたたかな日差しをため込んだまま終点の駅まで走り続けた。最後の停車地を過ぎて終点の駅前まで近づくと、彼は思い出したように私の肩を揺らして「もう着くよ」と言った。彼にとっては私が起きているか起きていないかはとくに重要なことではないらしかった。

 たしか彼とはその後の電車も一緒に乗ったのだけれど、どちらか先に降りたのかはよく覚えていない。私だったような気もするし、彼だったような気もする。その後私はまっすぐうちに帰って、登校日以外のときと同じようにたっぷり昼寝をした。


 ほんとうになんでもない思い出なのだけれど、私はこうして今も『シンクロニシティーン』を聴くたびに、このことを思い出す。よく晴れた日の午後のバスの中、きれいな緑色をした街路樹、ルービックキューブ、半袖のワイシャツ。

 『シンクロニシティーン』はほんとうにいいアルバムだな、と私は思った。