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2016/07/31 この本を生きたトムへ

日記

 ここのところ、うまく寝つけない日が続いていた。
 近々、朝早くから家を出て、丸一日みっちり過ごさなくてはいけない用事があるからということで、今月の初めからじわじわと睡眠時間を早めるようにしていて、しばらくはそれなりにうまくやれていた。けれども、一週間ほど前から妙に寝心地が悪くなって、とりあえず横になれば一先ず寝つけはするけれど、2,3時間もすると必ず目が覚めてしまうし、そのうえ変に体がこわばっていて、目が醒める時は必ず反射的に身体を起こしてしまう。すぐにまた横になるのだけれど、次の眠りも持って2時間、持たなければ30分もするとまた同じように目が醒めてしまう。
 ……不思議なのは、起きたときに何時間も眠っていたような気がすることだ。きっと2時間は経っただろうなと思って時計を見てみると、30分……さらにひどいと20分ほどしか経っていない。私の頭は眠り疲れたときのように痛んでいて、身体はだるいけれど、こうして頭の痛みを抱えなから何分寝ていられるかもわからない睡眠のために瞼を閉じたまま動かずにじっとしているのはとてもつらく、こうしていてもしょうがないと起きて何かをしようとする。けれども、身体はそれを許さない。朝食を済ませても一向に何かをするだけの気力が湧いてこないし、結局ぼんやりしたまま音楽を聴いたり、気になったニュース記事なんかを読んでいるうちに横になりたくてたまらなくなる。そうしてすっかり日が昇った頃になってようやく、身体を十分に動かせるくらいの睡眠を得られるのだった。

 前に使っていた睡眠剤を使うようになってからはいくらか楽になったけれど、睡眠は依然として断続的なものだったし、薬が効き過ぎるのか、日中の気だるさはさらに増していて、7時間みっちり寝ることが出来ても、昼間には横にならなければ寝ていない時と同じくらい頭がくらくらするようになっていた。この期間も眠れない時期に劣らずつらいもので、結局起きている間ろくに手がつけられないなら眠らないほうがまだいいと思ったくらいだった。

 そして今日も同じように目が醒めた。眠れたのは3時間と半分弱というところで、時刻は2時前後だった。それから少しの間目を閉じて横になっていたけれど、これはもうしばらくは寝つけないなと悟り、新しく買った音楽プレイヤーの電源を付けて、今こそいい機会だと思って横になったままアート・テイタムを聴いたりしていた。こういう時は大体あまり集中して聴けないことが多いのだけれど、今日はなかなか集中して聴くことができた。


 半分ほどアルバムを聴き終わったところで、不意に、何年か前のことを思い出した。
 あの頃もこんな調子で、たしかもっと悪かったような気がする。今以上に何度も目を醒ましていたし、おまけにひどくのどが渇いて、途中で目を覚ますたびに水を飲んでいた。そんな具合で夜を超えると、今度はひどい倦怠感と苛立ちと頭痛とに悩まされた。本は1時間と読み続けることが出来ず、集中して読もうとしても目が泳いで文章を追うこともままならなかった。頭はくらくらして座り続けるのさえも苦痛で、結局日記を書くほかには毎日横になって音楽を聴いたりするくらいしかできなかった。

 そういう日が続いていたとき――ある時いつもの様に深夜目を覚まして水を飲みに行こうとすると、姉さんと母が口論をしていた。私がこうして眠れないでいるのに、深夜に悪びれる様子もなくどたどた帰ってくるなんて、とそういうような話をしていた。私は別にこの不眠が姉さんのためでないことを知っていたし、母が私に関係なく夜遅くに帰ってくる姉さんのことをよく思っていなかったことを知っていたから、とくに何も気にせずにいつものように水を飲んでまた横になり、2時間後に起きて、朝にようやく寝ついた。昼近くなってなにか食べなければと思って適当に食パンやインスタントコーヒーを用意して、いつものようにパソコンの前に座っていると、姉さんが部屋から出てきて私のところに来た。それからなにか少し他愛ない話をして、最後に「ごめんね」とひとこと、私に言った。
 このあと私がどういう返事をしたのかはもう正確には覚えていないけれど、ただ、私がその言葉に戸惑ってしまったことと、その時の姉さんの顔がほんとうに寂しげな表情をしていたことはよく覚えている。

 あの時姉さんが何を考えていたのかは今でもよく分からないけれど、あの時の姉さんの表情を思い出した時、私は唐突に泣きたくなってしまった。それも、さめざめとではなくて、もっと汚く。布団に顔を埋めて、喉が引き攣ったようになるまで泣いてしまいたい気分だった。けれど涙は少しばかり目尻から溢れてくる程度で、それ以上は出ない。あふれた涙が渇く頃にはもう私は眠りのなかに落ちていて、次に目が醒めたのは涙がすっかり渇ききった朝方だった。