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2016/06/29 僕は東先生の内にいる間、

日記

 昨日、帰りの電車の中で「明日こそは早くに家を出るんだ」と心に誓っていたのに、結局次今日も電車に乗ったのは昼過ぎだった。メトロの24時間乗車券を使って電車賃を浮かせられたのは行きの分だけで、それも危うく期限の時刻を過ぎて、行きの分さえも払えなくなるところだった。

 渋谷に着いたのは17時まであと5分、というくらいの時刻だった。そして、今日も改札を出るころには既に上映時間を過ぎていた。ただ、今日は昨日とは違って次の回から入っても2本観ることが出来るので、これといって焦りはなかった。昨日と同じように劇場前まで行って次回の開場時刻を確認したうえで、しばらくぶらつくことにした。

 今日も大したものを食べられないまま出てきてしまったので、劇場から少し歩いたところにある、TOHOシネマズのあるタワービルの一階の店で抹茶のドーナツと、シュガーシロップのついたドーナツをひとつずつ買って、昨日と同じように道玄坂を大回りに歩きながらそれを食べた。うっかり砂糖をこぼしてすれ違った人にかかってしまうといけないので、今日は昨日よりも人の少ない通りを通った。

 食べ終わって東急本店のある大通りまで行ってもまだ開場時刻まで一時間近く余裕があったので、昨日行くことが出来なかったディスクユニオンに行くことにした。先ず最初に地下のソウル・ジャズのあるフロアを見に行くと、定時退社後のサラリーマンらしい中年男性たちが、雨と汗の混じった匂いを放ちがながら狭い店内をひしめき合っていた。その時の目当てはオスカー・ピーターソンの『ナイト・トレイン』やパーカーとガレスピーの『バード・アンド・ディズ』、ジョニー・ホッジスの『サイド・バイ・サイド』なんか……それからレスター・ヤングアート・テイタムのトリオ作品を探していた。ただ、その辺りのコーナーは既に結構な人が集まっていて、その中に真っ直ぐ入っていくのは難しかったので、まず手前のソウル・ファンクのコーナーを見ながらじわじわと近づいていき、なんとか目当ての場所に立つことができた。そこでちょろちょろと動き回りながらめぼしい作品がないか見て回り、一通り見たあと、ロックやポップスのフロアを見に行くために一度外に出た。

 地下のフロアとうってかわって、ロック・ポップスのフロアは空いていた。人はまばらにいるくらいだったし、通行スペースも十分に取られていたので自由に動き回ることができ、雰囲気も明るく、店内に流れるオアシスのライヴ盤も心地よかった。こっちではいそいそと動きまわってもまったく問題なかったので、すぐに一通りを見て回ってから、ボブ・ディランの『風に吹かれて』が入っているアルバムと、それから相対性理論の『シンクロニシティーン』を買った(相対性理論は私の学生時代真っ盛りの時期に流行り始めていたバンドで、このアルバムもレンタルショップで借りてファイルを失くすまで、よく聴いていた)

 再び地下のフロアに戻ってどのCDを買うか思案しながら、他にも見落としはないか細かく見て回った。開場時刻まで20分となったところで、『ジ・アート・テイタム・トリオ』をひとつめに決めて、それからソウルのコーナーに戻って、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの『スタンド!』をリマスターされていない安い方にするか、それともリマスター版で紙ジャケット仕様のものにするか悩んで、結局リマスター版の方を選んだ。本当はこの2枚だけにするつもりだったのだけれど、2枚をレジに持って行くと、「只今キャンペーン中で3枚買うと3割引きになりますが……」と言われたので、恥を忍んで更にデイヴ・ブルーベックの『タイム・アウト』を足させてもらった。


 急ぎ足だったためか、或いは割引に目が眩んでもう一枚足したことが恥ずかしかったからか、劇場に着いてチケットを買うころにはかなり汗をかいていた。買ったCDをバッグにまとめてからトイレに入り、他に誰も入っている人がいないのを確認してから手と顔を洗い、よく拭いてから席に座った。

 最初は『ギルダ』で、その後に『三人の妻への手紙』を観た。『ギルダ』は、よくできた映画だとは思えなかったけれど、刺さるシーンはとても多かった。リタ・ヘイワースの歌のシーンはもちろんのこと、とくに私が印象に残ったのは、夜遊びしたギルダを送り返した後のグレン・フォードジョージ・マクレディが会話するシーンだった。そのシーンでは、妻の不貞を疑う主人をグレン・フォードがなだめようとしているのだけれど、ジョージ・マクレディの声は不気味なほど抑揚がなく、姿はシルエットになっていて表情もまったく読めない。不思議な緊張感のある場面だった。次はマンキーウィッツの『三人の妻への手紙』で、これはほとんどギルダのついでのようなつもりだったのだけれど、これが思いのほかよかった。個人的には、昨日の『イヴの総て』よりもいいな、と思った。『イヴの総て』はすごい映画だけれど、ほんとうに気に入ってもう一度観たいな、と思わせてくれるのはこっちだった。

 劇場を出たあとは、映画の余韻に浸るために少しだけ街をぶらついた。それから古本チェーンに行って、また一冊買った。昨日一緒に買ってしまわなかったのは、上下巻もので先に買ったのが上下どちらかだったか忘れてしまったためで、ここのところ覚え違いのためにしょっちゅう同じ本を買ってしまっていたので、今度はしっかりと確認してから買った。
 
 店を出る頃には23時近くなっていたので、その後は真っ直ぐ駅に向かい電車に乗った。自分の見立てでは日付が変わる頃までには家に帰ることが出来るだろうと踏んでいたのだけれど、乗り換え先で人身事故のアナウンスが入り、それから30分ほどの間、電車は停止し続けた。出来ることなら早く帰りたいとは思ったけれども、とくに事故について思うところはなかった。
 ただ、ドアが開けられたまま停車し続ける電車の中で静かに座って待っていた。……