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2016/04/20 鋭い欲情のうずきをもたらした

日記

 この一ヶ月ほどの間に、これまで長いこと使ってきた、あるいは身近にあった色々なものが失くなってしまった。16歳の時のクリスマスに両親に買ってもらった黒いハンチング帽、同級生たちとはぐれてしまうひと月前に買った合成皮革でできた黒いバッグ、中学生の時から使っていた、バカみたいに安値だったパイプ製の椅子……。
 それらは別に、失って格別困るものでもなければ、ひどく落ち込むほど大切にしてきたものでもない。パイプ椅子はまったくの安物で、18を過ぎた頃から断続的な腰痛と坐骨の痛みに悩まされていたのだけれど、どうやらこのパイプ椅子のせいだったらしく新しい椅子に替えて以降ほとんど痛むことはなくなったし、バッグももう4年以上使っている代物で、当時の私の年齢向きな装飾で、今の私の服装に似合っていなかった。あのハンチング帽は気に入っていたけれど、あまり外行きに使えるものではなかったし、それほど大きく体型が変わることはなかったとはいえ、16歳の時よりも頭もいくらか大きくなっていて今被るには少々きつかったから、それほど大切にしていたわけでもなかった。

 ただ、こうして未だ私が若かった頃――青年になる前の、少年だったころの私のものが失くなることは、なんとなく惜しむべきことであるような気がした。あの時のようにはっきりと大人になっていくことへの悲観があるわけでもなく、かと言いえば失くなることに対してまるで抵抗がないわけでもない。複雑な気分だった。あれを失っても、きっと私のこれからの生活にはなんの影響もないだろうと思う。でも、私にとって現実に形をとった“それ”がなくなることは、ある種それがあったこと、それを持っていた時間が在った、ということの根拠そのものが失くなることでもあるのではないだろうか?
 なぜなら、私にはあの頃、あの時間を代表するようなもの、これから先10年後にも思い出せるような、自分史に載せられるような印象的な事件なんていうものがなにもないからだ。あの時間が全くの無だった、なんて言う気はまるでないけれども、あの少年期は、物質をもってしか語ることが出来ないくらい軽薄な存在だったのだ。

 あれらが失くなる前にただ一枚でも、写真が残っていたらな、と思った。とくに、あのハンチング帽は。欲を言えばその写真は、3月はじめの関西旅行の最終日に、彼に撮ってもらえたらほんとうにいいだろうな――もしそれが出来ていたなら、きっと私はその写真を死ぬまで大切にするだろうと思う。
 こうして振り返って日記を書いていると、もっとこうしたかった、という後悔や欲求が出てくる。あの子ともう一度会って、あの帽子を被りながら一緒に歩きたかったとか、すっかり古びたあの帽子に染み付いた匂いをもう一度だけでも嗅いでみたかったとか。われながらあまりにも他愛ない、子どもじみた考えで、考えているうちに思わず涙が出てしまった。