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2016/04/04 人間がまだ言葉を信じているとは

日記

 先日、近所のスーパーマーケットに行った。切らしていた食パンと牛乳と徳用のウインナーソーセージを買ってレジに並ぶと、新人らしい女の子がレジをやっていた。まだ20歳にもならないだろうというくらいのぽってりした顔で、化粧っ気も薄くとても可愛らしい容姿をしていた。
 普段ならこんなに好みのすてきな女の子を見た日には、すっかりのぼせ上がって、それだけで今日はとてもよい一日だったな、なんて寝る前に思い返すくらいだったのに、この日は違った。

 その女の子の顔を認めた途端、なんだかまるで自分の全てを否定されてしまったような気がして、すっかり気分が落ち込んでしまった。彼女がポイントカードの有無を聞いてきた時もろくに返答が出来ず、おまけに声もかすれていてひどかった。会計を済ませている間にもどんどん気分は悪くなっていって、釣り銭を貰うころには既にその場を離れたいという気持ちでいっぱいだった。
 スーパーマーケットから家までの数分間もとにかく嫌な気分で、何故こんなにも気分が落ち込んでいるのか自分でも分からなくて、それが余計に気持ち悪かった。髪の毛を先週に大分短く切ってまだそれに慣れていないせいだとか、20度近い気温なのに厚着で歩き回ったせいだとか、去年に買ったワイシャツが黄ばんできたせいだとか、あれこれ理由を考えてみたけれど、結局すっきりしなかった。



 この日のことを今思い返しながら考えているのは――あの不快感はあの女の子からくるもので、それもその原因は『彼女がほんとうに魅力的であるということ』にあるのではないか、ということだ。
 既に彼女の容姿は私の中では化粧っ気がなかったとか、顔つきが柔らかかったとかその程度の印象しか残っておらず、頭の中でイメージすることさえ出来ないけれど、とにかく彼女がすてきな女の子だったことは間違いない。……でも、とにかく彼女を思い出すと辛くて仕方がなかった。彼女の存在はその印象の柔らかさとは別に暴力的なまでの明るさ、清潔さを持っていて、ひとたび近づくだけで私の身体を焦がしてしまうほどの熱があった。
 彼女がほんとうに美しいからこそ、私はこんなにもつらい気持ちにさせられるのだ。私が持ち得ないもの、或いは失ったものを彼女は平然と手にしていて、それ自身に気付いてさえいないような無邪気さがあり……それが私の醜さ、不純さをより際立たせていて、彼女の存在それ自体が、私の存在を否定していた。

 『ほんとうに魅力的な存在は私をこのうえなく喜ばせると同時に、全力で私という存在を否定する』――彼女のことを思い返し、心臓が激しく鼓動しているのを感じながら横になり、しばらくして眠りについた。