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2016/01/11 3. 必ずしも敗北者ではなく

 ラグビー部仲間での会話が一段落すると、銘々が別の席に移って他の子たちと喋り始めた。最初のうちは席を移ったところで話し相手もいないのだからと適当にテーブルに残っている人らの話を横で聞かせてもらっていたけれども、向こうとしても居心地が悪いらしく、とりあえず盛り上がってるテーブルの端にでも座らせてもらおうと、時間を確認するために立ち上がったついでに席を移った。

 移ったテーブルは男子連中の集まっている一番大きなテーブルで、おおよそが他愛ないからかいあいに興じていて、適当に座らせてもらうにはいい具合だった。端にいた、マツキ君という子に一言つけて座らせてもらった。
 最初のうちは騒いでいるのを遠目に見ながらくすくす笑ったり、勧めてもらった唐揚げやらなんやらを食べていた。それが落ち着き始めて会話が減ってくると、マツキ君が会話を振ってくれた。最初は向こうもどう声を掛けていいか分からなかったようで、「久しぶりだねえ」とか「よく君と話をしていた子は、今日は来ていないのかい」とか、既に何度か話したようなことを聞いて、それからしばらく二人とも黙りこむ、というようなことを数回繰り返した。その後は自分の話をするのも嫌だったので、私の方から色々なことを聞いた。「今はどんなことをしているんだい?」だとかそういうありきたりな質問で、それほど彼の関心を惹けるような掘り下げた質問はしなかったけれども、幸いにも彼の方は食いついてくれた。
「大学受験は本当に怠けっぱなしでろくなところに行けなかったんだけどね、なかなか悪くないよ。受験生のうちもとくにストレスを溜め込まずに済んだし――それに、高校三年の部活が終わって夏休みが始まってすぐにヒッチハイクであちこちを回ったりもしたんだ。まるまる2週間くらいかけたっけね。すごく楽しかったよ、とくに周りのみんなが揃って勉強してる時期だったからね――そういうこともあって、大学でもそういうことをやろうと思って、“探検サークル”ってのに入ったんだ。自分たちでどこそこのこういうところを探索してみようって計画を立てて、みんなで回るんだよ。40人以上いる結構大所帯なサークルでね。自分も大分たくさん企画を練ったりしてた。来年からは俺が部長で、下級生を引っ張っていくことになってるんだ」
 彼の話しぶりはなんとも愉しげで、まさにそういう話がしたかったんだというような表情をしていた。それが嬉しくて、こっちも俄然興味が湧いたし、色々話を膨らませられるような質問をした。するともっといろいろな話をしてくれて、この話が一段落してからも時々に話し相手になってくれた。
 それにしても18歳でヒッチハイクなんて、まるで小説みたいな話だな、と思った。18歳の時の自分なんて、本当に世間知らずで、ろくに外へ出ることも知らなかった。喫茶店で知り合いと話すことも、映画館に行くことも、コーヒーを淹れることも知らない。スーパーマーケットや古本屋の店員やかかりつけ医としか話す機会もなく、これからの人生の大半を掛けたって遊びきれない膨大なビデオゲームを消化することと、肥大化する一方の劣等感と自尊心を慰めることだけに命を懸けているようなやつだった――それなのに、同じクラスから出た同級生はホールデン・コールフィールドやディーン・モリアーティみたいなことをしてるんだから、まったく、涙が出そうになるくらいおかしかった。
 慣れてきたビールを順調に腹に収めながら、しばらく過ごした。

 解散まで1時間を切ったあたりになると、皆大分静かになってきていた。当初騒いでいた男子たちは飲み過ぎでかなりぐったりしていて、中には横になっているのもいた。女の子たちなんかはみんなサワーやらカルーアミルクなんかをちびちびやりながら同じ調子で色んな話をしていたけれども、男子たちは注文しすぎたビールやらハイボールやらをどうやってお腹に収めるか頭を抱えていた。当初は私に『無理はしないように』なんて窘めていた同窓生も、徐々に飲み切る自信がなくなってきて「君、いくらか飲めないかい」とか言って、私のコップにビールを注いでくる始末だった。
 でも、正直言ってこの残りの1時間が一番楽しい時間だった。大声で騒いでいたのが軒並み静かになって、代わりにちびちびやってた同窓生のほうに上手く酔いが回ってきていて、私の話し相手になってくれたし、なにか会話に参加しなくちゃならないという義務感もなくなっていたからだ。注がれたビールを前よりも早いペースで飲みながら、女の子たちの様子をちらちら見やったり、ぐったりする男子たちをにやにやしながら眺めていた。この頃になってくると自分も身体がだいぶ火照ってきたり、気分がぼんやりしてきて眠りたいような気分になったりしたけれども、頭は変わらずしっかりしていて、子どもの頃に想像したような酔いとは少し違う感覚だった。

 どうにも普段にない感覚でおかしな気分だったのでトイレにいくと、そこにはトオノ君という同窓生がいた。学生時代サッカー部にいた子で、クラスの中心人物とまでは言わないにしても、明るく積極的で人気のある子だった。私は彼とは学生時代もこの集まりが始まってからもまったく話をしていなかったから、正直トイレで用を足しながら、どういうふうにしていればいいのか分からなかったのだけれども、彼の方は随分に積極的で、今は何をしているのかとか、誰と話をしたりしたんだいとか色々なことを聞いたりしてくれた。とくに驚いたのが、私がどの高校に進学していたのかを覚えていたことだ。私の同窓で同じ学校に進学した子は誰もいなかったから、当てずっぽうで適当に進学先を言ったのでもないことは明白だった。私は彼の進学先なんてまったく知らないのに、何故彼はそんな覚えておくに足らないことを覚えているのだろう?――それに、私のことをいくらか話すと「そうなのか、それじゃあ、応援するよ――元同級生としてね」なんて、気の利いた一言まで付けてくれるなんて!

 彼と話をしてから、学生時代のことを思い出していた。かつてあれほど強く抱いていた同級生たちへの嫉妬心や憎らしい気持が、もうほとんど消え失せているのが分かった――それは、同級生たちがなんの気なしに私に話しかけてくれ、私が聞いたことにも喜んで答えてくれるだけじゃなく、それと同時にはっきりと目の前にいる同窓生の変化と、私自身の変化をはっきりと感じたからだった。

 去年の秋頃(たしか、10月の末頃か、11月の初め頃だったと思う)に、ある青春映画を観た。東京の大学に進学した主人公が高校時代の思い出を回想しながら同窓会に向かう話で、90分もないくらい短いテレビ向けのアニメーション映画だった。私はこの映画がほんとうに大好きで、とりわけ勝ち気なヒロインの女の子はほんとうに好きだった。映画として、荒削りな部分や物語として駆け足過ぎるきらいがあるのを加味しても、去年観た200と数十の映画の中でも、かなり印象に残っている作品だった。
 この映画の終盤の同窓会のシーンで、主人公の同窓生でヒロインと度々衝突していた女の子がこんなことを言う……

「そうねえ……、好きじゃなかった。もの凄う嫌いやった。けんど、会うてみたら嫌いどころか懐かしゅうてな。なんか、席替えと同じなんよ。小学校の頃は嫌いな子が隣の席になると絶望して学校に行きとうのうなる事、あったやんか。世界が狭いき、嫌いな子がそばにおるとキリキリしたがよね。でも、塾とかピアノとか、学校以外の世界があると嫌いな子の一人や二人どうでもようなるにね」
「ええと、それはつまり……清水は世界が狭かったと反省しゆうちゅうことか? それで武藤に反発したがやと……」
「それはお互いさま。あたしも悪かったけんど、武藤さんも相当世界が狭かったちゅうて自分でも言いよったもん」

 おそらくは、自分もこうだったのだろうな、と思う。あの頃はとにかく自分の優位を示したくて、内々で同窓生たちを散々に言ったことがあったけれども、結局は子どもの背伸びでしかなかったのだ。それがその時の私にとってはとても重要で切実な問題だったことは間違いないだろうけれど、それでもやはり私も彼らもまだまだ幼稚で、世間知らずだった。
 それをはっきりと自覚できた時、ほんとうに今日ここに来てよかったな、と思った。

 22時10分前に全員で店を出た。この時にも、それまで話していなかった何人かと話した。驚いたのは、かつて私より身長の低かった同窓生の何人かが私より背が高くなっていたことだ。とりわけ、中学時代低身長で、ほとんど見下ろしていたと言っていいような子が私より数センチ大きいくらいになっていたのにはほんとうに驚いた(顔つきは取り立てて変化がなくて、身体だけが妙に細長くなっていたので、なんだかおかしかった)
 同窓生と別れる駅の改札口前までは、連絡をくれた女の子と他愛ない会話をした。とても良い時間を過ごせたとか、来なかった同窓生たちも来ればよかったのにとか、そんなことを。別れる数分前になって女の子たちのグループが声を掛けてくれて、とても変わったねとか、明るくなったねえとか言ってくれて、おまけに一緒に写真まで撮ってくれた。こういうことには慣れていないから、たぶん撮った写真全部変な顔つきをしているだろうなと思ったけれど、それでもいいと思えるくらいには元気があった。


 帰り道の間はずっと、一緒に写真を撮ってくれた女の子たちのことを考えていた。いずれ、学生時代話がしたくてたまらなかった同窓生の女の子とも、なんの気なしに話ができる日が来たらいいな、と思う。

 家に帰ってパソコンを起動して、ラモーンズの「リメンバー・ロックンロール・レイディオ」を聴きながら口パクで歌い、それから眠った。