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2016/02/12 味もそっけもない言いかた

日記

 用事を済ませにすこし遠くへ出掛けた際、女の子と少しだけ話をした。
 たまたま同じ要件でそこに来たという点を除いては、その女の子と私の間にとくに共通点はなく――というよりは、共通点があるのかないのかさえ判らなかった。その子がなんていう名前で、何歳で、どこに住んでいるのかもまったく知らなかったし、正直言って顔もはっきりとは覚えていない。

 身長は150とちょっとくらいで女性の中でもかなり小柄で、髪は長髪、黒縁の眼鏡を掛けていて、少しだけ顎が出ていた。たぶん年齢は私のひとつ、ふたつ下くらいだったんじゃないかと思う。格好は、私と同じようなコートと緩めのジーンズを着けていて、身長による幼さはあるにしても、なかなか小慣れていた。ただ、他の女の子と会話をしている時の彼女の口ぶりはまだ学生のそれが混じっていて、ときどき甘えたような口ぶりで弱音を吐いていた。

 彼女から声をかけられるまでに何度か彼女と対面することがあり、おそらくはその時になにかしら良い印象を持ってもらえたのだと思う。
 いくらか暇ができた時に彼女の方から声を掛けられた。容姿に関してのことで、「脚がとても長いですねえ」と褒めてくれた。周囲の中では私が一番背が高くて、それに細身のジーンズを履いていたから、なんとなく脚が長く見えたのではないかと思うのだけれど、それでも大袈裟な身振りで褒めてくれた。「股下はいくつですか」とか「うらやましいです、10センチくらい分けてもらえたらなあ」とか、なんだかこっちが気恥ずかしくなるくらいに褒めてくれた。突然の事だったし、もともと日常的に人と話す機会もなかったからあまり良い返答は出来なかったけれど、その後もときどきにこにこしながらこっちを見たりしてくれていた(これが私の自意識過剰でなければ、の話だけれど)

 後に、同じ用事で来ていた男の子の何人かが喋っている時に注意されていて、それからは彼女から話しかけられることは少なくなったけれど、私の方もすっかり舞い上がってしまって、彼女はどこに住んでいるのだろうとか、彼女とまとまった時間話を出来るならどんなことを話そうとか、本当に馬鹿みたいな想像を膨らませているような調子だったから、それで良かったと思う。
 当然その用事が一通り済んだ後は彼女とは別れることになったし、連絡先なんかを交換することもなかった。そもそも交換する電話番号もメッセージアプリのアカウントもなかったから、仮に私になにか彼女に対して行動を起こそうと思っても、きっとどうしようもなかっただろう。

 でも、彼女と話すことができてよかったなと心から思う。
 時々、街を歩いている時や電車に乗っている時に、なんて魅力的なひとなんだろうと思うような、ほんとうに素敵な女の子を見つけることがある。その度に私はこう思う――『あの子とほんの少しの間でも楽しく話すことができたら!』って。

 あんな可愛らしい女の子と話すことができたのに、これから先馬鹿みたいな確率の偶然でもなければ一生話すことができないなんてと思うとどうしようもなくやりきれない気持になる。けれど少なくとも、なんにも話せないよりはずっといい。あの11月5日の女の子の時みたいに、なんにも話せないよりは。