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2016/01/11 2. わたしはいわば物陰に

日記

 こうした場所に来て同窓生たちとまともに顔を合わせるのはほんとうに卒業式以来だから、皆物珍しげに私を見ていた。それに、唯一の知り合いが来ていないことも察して、だいぶ気を遣ってくれた。席が足らなくなったからと座布団やらをビールのカップやらを回してくれて、「ささっ、どうぞどうぞ」なんておどけながらご丁寧にビールまで注いでくれた。

 ただ、私はこれまでにまともにお酒を飲んだことがなかった。父の信仰のことで、小学生くらいの時に何度かなにかの催し物で甘いシロップの混ざった葡萄酒を飲むことになったことがあったけれども、それ以外ではまったく飲んだことがなかった。これくらいの年齢にもなると、人の付き合いやらで自然と酒を飲む機会に遭遇するだろうし、なんとなく飲んでみようと思うものだけれども、私にはそういうことがあまりなかった。だから、正直飲むのが怖かった。全員で乾杯をした直後は飲むふりをしてほんの少しだけ口に含んだだけにとどめた。すると有り難いことに例のカンダ君がすぐに気がついてくれて
「そうか、飲んだことがないのならビールは合わないかもなあ、サワーとか、飲みやすいやつを頼もうか。次注文取りに来たら白桃サワーを俺とお前の分、頼もう」なんて言ってくれた。カンダ君は中学の時は短髪だった髪の毛が長くなって、ぽっちゃりしていた体つきも大分引き締まっていた。話を聞くと、高校からずっとラグビーをやっていたから、という話だった。他にもラグビーをやっているのが2人いて、いずれもかなりがっちりしていた。特に眉毛や鼻がしっかりしていた彼は中学時代の顔の丸みがなくなり綺麗な輪郭が浮かんでいて、そのがっちりした体格もあって男前に見えた。
 高校から有名私立に入り、その後も内部進学で順当に段を重ねていた彼は大学ではボートをやっているという話で、写真や動画なんかも見せてくれた。私立というだけあって(といっても用具代は自己負担だろうけれど)かなり本格的なもので、かなり力を入れて漕いでいるのが分かった。彼はそれほど体格が変わったようには見えなかったけれども、多分ボートなんかだと全身を使う分あまり特定の筋肉だけが目立つくらい発達するということがないのだろう。

 一通り向こうの話を聞き終わってしまうと、今度は私が今何をやっているのか、という話になった。彼らには特定の事実だけを話したり、突かれたくない部分にはおどけた調子で「内緒だよ」と言って誤魔化した。嘘なんかはつかなかったけれども、まったく事実をすべて話すこともなかった。ある一部分を適当にぼやかしてあれこれ喋ったあと、最後に「まあ、それなりに好き勝手にやってるんだよ」とつけ足して話を終わらせた。
 もし、このあと具体的な質問をされたなら大人しく答えていただろうけれども、幸いわざわざ根掘り葉掘り聞いてくるようなこともなかった。もともと、向こうとしても話を振られた以上こちらからも振らなくては、という意識の上で形式的に質問しているだけで、質問になにか意図があるわけでもなかった。それに、大体の人間は人の話をウンウン言いながら聞いているより自分の話を聞いてもらいたいものだ。ましてやほんとうに久々に同窓生と会って話をするのだから、自分の話をしたいと思うのはとても自然なことだ。

 ちょうどテーブルにラグビーをやっている三人が集まっていたこともあって、しばらくの間ラグビーの話で盛り上がった。といっても、結構生々しい話もあった。「やっぱり、その手のスポーツなんかはかなり怪我もあるんだろう?」という私の質問から話が膨らんで、三人のうちの二人が交互にこんなことを話してくれた。
「ヘッドキャップなんかを付けても保護しきれず重大な怪我が起こることはままあるよ――実は、去年の試合で死んだ奴がいてね。そいつは頭じゃなかったんだが、タックルを脇腹に喰らって骨を折って、その骨が内臓に刺さって内出血を起こしたとかでね、そのまま死んじゃったよーーいや、こうまで軽い調子で話せるのも、あいつが死んだのが全く予想外のことだったからなんだよ。そいつが倒れこんだ時は大して深刻そうな空気でもなかったし、すぐに救急車が来たからまず死ぬなんて思わなかった――そういえばしばらくして、チームで黙祷なんかもしたっけね」
 話をする彼らにはまだ子どもめいた軽薄さがいくらか伺えたけれども、まったく自分の外の世界、漫画かアニメかなにかの出来事のように面白がっている調子はなかった。こうした出来事と無縁に生きてきた自分には、彼らの事件を上手く受け容れていることがなんだかとても不思議なことのように感じられた。

 それからまた話題は変わり、あれこれ他愛ない話をしながら大根の煮付けやら、焼きうどんやらを5人で食べて、ビールや頼んだ白桃サワーを飲んだ。それからまた私の話になった。
 彼ら曰く、とにかくお前は変わったなあ、ということだった。
「お前は中学の頃はこんなんじゃなかった。髪は目が隠れるくらいに長かったし、髪質もばさばさしていた。それほど笑いもしなかったし、だいたいはあいつ……なんていったっけね、よく話してたのがいただろう。あいつとしかろくに話をしてなかった。なのに今はぜんぜん違う……そういえばあいつは今日は来てないな」
 これを聞いた時、なんだか妙な気分だった。私の中では、自分はまるで変わっていない、まるで成長していないと思っていたからだ。でも、外面は確かにだいぶ変わっただろうな、と思う。彼が話したようにあの頃は独り善がりな歪んた美感覚に頼りきって変な格好ばかりしていたし、着ている制服もサイズに合ってないものだった。薄手のスラックスを買えなくて夏場でも冬用のスラックスを履いていたし、上着は知り合いからの借り物で自分の肩幅よりもかなり大きく、だぶついてた。今は学生服のようなサイズの合わない服は着ないし、体の線の出る細身の服を着ているから、痩せた身体でも見栄えもなかなかいい。髪型も先週美容院で小ぎれいに仕上げて貰ったばかりだ。
 たぶん彼らは私の内面のことについてはとくに何も考えてくれていないだろうなと思ったけれども、見た目がだいぶ変わったと言ってくれたのは嬉しかった。とにかく学生時代が終わってからの私は普通の人のふりをするのが精一杯で、自分の格好や立ち振舞が正しいのかもよく分かっていなかったし、他の人のことを見る機会も少なかった。だから、彼らのその言葉は私にとってすごく重要な言葉だった。私はそれなりにうまくやれているのだと思うと、誇らしかった。