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2015/12/18 2. 禁じられた事柄によくあるように

日記

 駅ビル内にある喫茶チェーンを見つけてテーブルを確保した後、荷物を見るためにひとりずつコーヒーと食べ物を頼みに行った。先ずイトウさんから、それから私が。出来合いのサンドイッチとドリップコーヒーを頼んでコーヒーを待っていると、機械の故障ですぐに出すことが出来ないと言われたので、手ぶらでテーブルに戻った。イトウさんは口をつけずに待っていてくれていたけれども、いつ来るのかも分からないからと言って先に食べてもらった。……こういう、普段ないようなちょっとした事故に遭遇するのは好きだった。もし私が常日頃時計の針に追われているサラリーマンだとか、昼食にかける時間や煙草の吸う時間まで手帳に書き込んでいるような神経質なやつだったらこんなことは死んでも嫌がっただろうけれど、自分はそういう人間じゃなかった。なんでもないけれど、いつもとはちょっと違う出来事に遭遇するのが好きだった。

 イトウさんはキッシュとか言う、ホウレンソウだとか、アスパラガスなんかが入ったパイと、クリームだとか、チョコレートだとかが入った飲み物を頼んだらしかった。まったく聞いたことのない食べ物だったから、思わず食べているのをまじまじと見てしまった(もしかすると、あんまり食べているのを人にじろじろと見られるのは嫌だったかもしれないな、とあとになって思った) 洋食と聞いてビーフシチューやハンバーグを思い浮かべる私とはまるで縁のない類の食べ物だったけれども、イトウさんの家ではときどき作ることがある、という話だった。私はイトウさんがそれを食べるのを見ながら、なんとなく、子供の頃によく見ていたアニメ映画に出てくるニシンのパイを思い出した――あのニシンのパイは、美味しいものなのだろうか?
 サンドイッチとコーヒーは思いの外早く届いた。テーブルに戻ってから10分も経っていなかったと思う。「すぐにはお出しできないので」と言っていた時の店員はだいぶ当惑した調子だったから、結構掛かるんじゃないかなと踏んでいたのだけれども、存外大したことではなかったのかもしれない。

 イトウさんはもうキッシュを食べ終えていて、あとは飲み物を残すのみとなっていた。私は食べるのが下手くそでぼろぼろパン屑を落としてしまうかもしれないかもしれませんと先に言ってからちまちま食べ始めた。その間にイトウさんにまた使い捨てカメラを渡して、窓の外から見える大きな浮世絵風のイラストが描かれた看板を指し「あれなんかも撮ってみるのもいいのでは」なんて言って撮ってもらったりした。

 サンドイッチをやっつけ、コーヒーを啜って一息ついてから、イトウさんにある本を手渡された。具体的な内容は書かないけれど、女性向けの写真集で、痩せ型の男性のあられもない姿を収めた本だった。あられもない……と言っても直接的な描写のあるものではなくて、ある種創作めいた、非現実的な感のある写真だった。それをめくって眺めている間に、なんだか笑ってしまいたいような、恥ずかしいような、とてもおかしな気分だった。
 一通り見終えてから、どの写真が一番良かったかとか、そういう話をした。私はたしか長髪の眼鏡を掛けた、じっとりとした目つきの男性の写真がいちばん気に入ったと言った覚えがある。その写真集の本筋とするところではなかったけれども、彼のじっとりとした目はとてもいやらしくて、印象的だった。この人となら多分抱き合う気にだってなれるな、と思った(この部分は流石に言わなかったけれど) 少しの間、その写真集について話をした。

 それから更に話は移り変わって、写真を撮ることについての話になった。もとは「私は一方的に撮られるだけでなくではなくて、私の方もイトウさんを撮りたい」と言い、それに対してイトウさんは気が乗らない様子で「私は写真を撮られるのが好きじゃない」と言ったのが始まりだった。なぜ写真を撮られるのが嫌なのかとか、写真の中の自分は嘘くさいとか、そういう話につながって、たしか最後の方は『自分がそこにいた、生きていたという証拠や記録が残らないことがどれほど恐ろしいことか』についてほとんど私がまくしたてているだけだったような気がする。
 その時私が思ったのは、彼女は自分のことをまだよく理解していないがために、彼女がひとたび気付きさえすれば手に入るもの――価値のある、きわめて重要なものを見逃してしまっている、ということだった。時間は決して待たず、なんびとであろうと取り戻しがきかない――それが、ほとんど天使だと言ってよいくらいの美しさをたたえた美少年だろうと、自分の犯した罪を気が狂うほど後悔した人であろうと、密輸酒の売買で大儲けした貧民あがりの成金男だろうとだ。そして、それに付け足して不幸なのが、およそ大体のものは、それが残された時点では誰も本当の価値を見極めることができないということだ。常に時間によって、無関心によって多くのものは失われ――これは本当に陳腐な言い回しだけれども――取り返しがつかなくなってからそのことの重要さに気がつくのだ。

 細かいことはもう覚えていないけれど、大分あれこれ喋ったと思う。だけれども、彼女はわかってくれなかった――私が話したことの意味がと言うよりは、私がこんなことを長々と話たりする意味がわからなったのだと思う。多分、この人はなんて変な人なんだろうとか、自分の写真を撮るためにこんな熱弁を振るうなんてちょっとずれているとか、そう思ったんじゃないかと思う。私の調子に気圧されて「後ろ姿なら」とか「私の気が付かないうちに適当に撮ってもらえれば」とか言ってくれたけれども、私のほんとうに言いたいところは伝わっていなかった。伝わっていないということが分かると、どうしようもなく悲しくなってしまって、もう自分はこれから先なにをやろうとおよそダメなんだというような気がした。

 
 喫茶チェーンを出たあとは大型書店に行って、文庫本や洋書を見て回った。その間もあれこれ話をしていたけれども、これといって深く記憶に残っているような話はなく、その間も彼女のこととか、自分のこととかについて考えていた。
 彼女は私なんかと違って過去のことでなにか後悔するようなこともないし、きっと考えることさえもそうないのだ、だから過去の自分が残されないことに無関心でいられるのだ――私が過剰に過去や記録に固執しているだけで、およそほとんどの人にとって過去なんて言うものは残そうと思って残すものではなく、ただ勝手に残されるものなのだ――ただ歩いていさえすれば何かしらの肩書や勲章がついてくるし、なにかに縋らなくとも勝手に人が集まり、評価があとに残る――だからこそ、残酷なまでに過去や自分に対して無自覚でいられるのだ――
 あれこれ見て回った末、ヘンリク・イプセンの「人形の家」を買って店を出た。

 それからイトウさんがそろそろ帰ると言ったので、いつも通り駅の改札口前まで送ることにした。いつもよりはやい時間だった。たぶん、ハイヒールなのに私があちこちに連れ回してしまったせいだろう。私にはヒールの辛さがわからないけれども、悪いことをしたなと思った。私もハイヒールを履いて歩けばよかったのだ、と思った。そう思ってすぐに自分はなんておかしなことを考えているのだろうと思ったけれども、いつものように心のなかで笑うことは出来なかった。

 駅の改札口へ向かう途中に一枚、改札口で別れの挨拶をしてから後ろ姿を一枚、なんとか撮ったけれども、馬鹿なことをしたな、という気分しかなかった。たしかにさっきまでイトウさんは私のすぐそばにいたのに、もう今はどこにもいない。そればかりか、最初からイトウさんはいなかったような気さえした。
 意味もなく駅の周りをどこに行くでもなく数十分意味もなく歩きまわって、泣いてしまいたい気持ちだとか、使い捨てカメラを踏みつけて壊してしまおうというような考えが消えるのを待った。それからメトロに乗って帰った。