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2015/12/18 1. ふたつのかんぬきを留め金にはめ、

日記

 ひと月と一週間ぶりくらいにイトウさんと会った。一番の目的は11月に貸してもらった筒井康隆のハードボイルドものの長編小説とジャズのCDを返すことで、その他にも、先月のフーターズのお礼に品川のアンナ・ミラーズに付き合ってもいい、と言ってくれていた。ただ、アンナ・ミラーズの方は自分の懐事情がどうも芳しくないかったから、また来年以降に会う機会が作れたらということにして、自分の新宿の用事にいくらか付き合ってもらえないかと聞いた。イトウさんの方もイラストのための資料やらを月の初めに大分買い込んで財布のほうがあまりいい状態じゃなかったらしく、まあそれでもいいだろう、と了承してくれた。

 待ち合わせは前と同じ駅の改札前にした。11月のときは自分のほうが遅刻してしまったから、今度は待ち合わせ時間より20分早く改札付近に立っていた。自分の立っている近くに眼鏡のレンズのようなものが落ちていて、それをサービスセンターに渡している内に10分が過ぎた。それから待ち合わせ時間まではずっとJR改札前の辺りを眺めていた。なんとなく、ピンクのマフラーを巻いた女の子が立っていてくれるような気がしたからだ。

 イトウさんは待ち合わせの時間から5分弱遅れてきた。自分の時はそれより長い時間待たせてしまったから、もっと遅れて来てくれたほうがおあいこになってよかったな、と少し思ったけれども、たぶんあと10分長く待たされていたらきっと待ち惚けを食うことになるんじゃないか、なんて不安になっていたような気がする。しょっちゅう待ち合わせに遅れて人を待たせるわり、人に待たされるのは嫌いだった。いや、人に待たされるのが嫌いだからこそ人を待たせるのかもしれない。


 最初は新宿御苑に付き合ってもらった。ここに来ようと思ったのは、先日買った使い捨てカメラを試してみたいと思ったからだ。フジフィルムから出ている39枚撮り、高感度フィルムの一番有名なやつで、一昔前なら修学旅行の必須アイテムだった(もしかすると今でも案外使ったりするのかもしれないけれど) イトウさんにこの手のカメラを使うのはいつ以来ですかと聞くと、
「たしか、小学4年生の時に学校で使って以来」
とのことだった。さらに、私は中学一年くらいまで使っていた記憶があるけれど中学では使っていないんですかと聞くと、中学に上がってからはもうデジタルカメラを使っていた、という話だった(最初にそれを聴いたとき、『中学では使わないなんてことがあるのだろうか』なんて思ったのだけれども、私と彼女の年齢差を考えると、最後にこの手のカメラに触れた時期にそれほど差があるわけでもなかった)

 この使い捨てカメラを買おうと思ったそもそものきっかけは、先月の引っ越しの時に父のフィルムカメラが出てきたことだった。このことはまた別の機会に詳しく書くから今は端折るけれども、このカメラの不具合が再発する前に思いつきでカメラ用のレザーストラップやら49mmのレンズフィルターやらを買うついでにその手のウェブサイトを色々と見て回っていたとき、偶然使い捨てカメラで撮った写真をアップしているサイトを見つけたのだ。写りはかなり悪かったし、晴天下でも車の描写にブレが出るくらいシャッタースピードも遅いカメラみたいだったけれども、フィルム特有の質感はちゃんと出ていて、それを見た時にとても惹かれた。1000円ぽっち払って少し遊んでみるのも悪くない――そう思って、ついでに買ってみたのだった。
 父のカメラが使えるなら先ず出番はないだろうけれども今年のうちに適当に試してやろう、なんてことを考えていたのだけれども、肝心の父のフィルムカメラに再び不具合が出るようになった。それで、幸か不幸かこのカメラが主役に躍り出ることになったわけだった。

 新宿御苑は空いていた。池のあたりに外国人観光客らしい子供連れやウン十万円の一眼レフを首からぶら下げた老人がいくらかと、広場にピクニックに来た子供連れやら高校生がいるくらいだった。よく晴れていて写真を撮るには充分な日光があったけれども、肝心の被写体が今一つだった。紅葉のピークは既に二週間ほど前に過ぎてしまったらしく、いくらかの紅葉や銀杏のほかは針葉樹や常緑樹があるのみで物寂しかったし、色がまちまちで統一感に欠けていた。イトウさんに10枚ほど、それから自分が2,3枚撮って、御苑を半周ほどした。

 芝生の広がる庭園を横切る時に、イトウさんが学校の授業でやったアルティメットというスポーツのことを教えてくれた。
「フリスビーを使ったスポーツで、なかなか奥が深いんです。ほかのスポーツなら運動部以外にとっては苦痛でしかないけれど、これはちゃんと運動ができない人でもチームに貢献できるような立ち回り方があって、やっていて楽しいんです。普段の授業や放課後は受験一色で気を張り詰めている子たちも、この授業の時はほんとうに楽しんでいて――こういう広い場所で出来たらすごい楽しそうだなって思います」
とても面白そうに話してくれるので、そのゲームをやっているところを観てみたいような気がした。でも、多分自分がやる気にはならないだろうな、とも思った。それは、決してアルティメットというゲームがつまらなさそうだと思ったわけではなくて、なんとなく自分はやるべきじゃないような気がしたからだった。

 西側にある一番大きな入口から南側を回りながら半分ほどのところへ行った辺りで、少し回り道をしながら引き返した。代わり映えしない景色でそれほど枚数を撮ってもしかたがないような感じがしたし、それにここはまともに全部回ろうとすると、先ず脚が無事でいられない。西から東の端までつくころには既に脚が痛くなっていて、もとの入口に帰ってくるころにはもう数メートルだって歩きたくない、というような気分になってしまう。実を言うと、私は数度ここに来て未だ一度もまるまる一周したことがなかった。それくらい広いのだ。
 もとの入口に戻る間に更に5,6枚写真を撮ってもらった。2枚ほど、自分も入れて撮ってもらえた。最初はなんだかなと思ったけれども、数日後のことを考えると撮ってもらったほうがいい。むしろ撮ってもらうべきだ、という気がした。

 昼食をとれそうな喫茶店を探しながら駅前東口の繁華街やら、人の多い交差点を見て回り、良さそうな場所をみつけては何枚か撮った。
 あまり新宿には来ないし、たまに単館やら大型シネコンに来ても適当に済ませてしまっていたから、いい場所がまるで思いつかずどうしようかと決めあぐねているとイトウさんが駅ビルにならいい場所があるはずだと言って、手際よく連れて行ってくれた。こなれているな、と思った。