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テリー・ギリアム「12モンキーズ(Twelve Monkeys)」

12モンキーズ(Twelve Monkeys)」
監督: テリー・ギリアム
脚本: デヴィッド・ピープルズ
出演: ブルース・ウィリス
   マデリーン・ストウ
   ブラッド・ピット

 謎のウィルスによって人類の99%が死滅した2035年の地球では、わずかに生き残った人々は地上を捨て、地下に住まうことで文明を存続させていた。地下世界で監獄に収監されていた主人公ジェームズ・コールは、特赦を条件としてタイムマシンを使い1996年の過去に戻り、ウィルスをばら撒いたとされる12モンキーズと呼ばれる集団の謎を追い、ワクチン精製のベースとなるウィルスを未来に持ち帰るよう言い渡される。
 しかし、タイムマシンの不備により、1996年よりも6年先、1990年に戻ってしまう。そこで精神病院に収監されたジェームズは、精神科医のキャサリンと出会う。ジェームズに言い知れぬ既視感を抱いていたキャサリンは、支離滅裂なジェームズの細菌による人類滅亡論を不信に思いながらも、どこか妄想として捨て切れずにいた。また、精神病院で出会った患者の一人であるジェフリーは、12モンキーズ事件になにか関与しているようだった。
 徒労に思われた1990年へのタイムトリップは思わぬ収獲を得、再び幾度かの不備を得て目的を果たすべく1996年へ向かう。

 昨年の夏頃に、O氏とプラネタリウムに行った際にいくらかSF映画について話をしたのですが(もしかすると、去年日記に書いたかもしれません)、その時に「未来世紀ブラジル」がほんとうに素晴らしかったと話した際、「テリー・ギリアムは面白いSFを他にも撮ってるよ。有名なのだと”12モンキーズ”とかね。あれは特に面白かったよ。あとはバンデッドQなんかも……」と勧められて、そこで最初にこの作品の名前を知ったのですが、実際に観るのは年が変わってからになってしまいました。
 ただ、観終えて最初の感想は、「SFや映画への見識を深めてから観ることが出来てよかった」というものだったので、結果的に良かったのではないかな、と思います。と言うのも、この映画を味わい尽くすにはある程度のSFへの見識が必要なだけでなく、オマージュの対象となっている映画たちへの理解が求められるからです。今日はそれをメインに、私の感想を書いていこうと思います。


  
(主人公 ジェームズ・コール)

 この映画を製作するにあたり、監督であるテリー・ギリアムクリス・マルケルの短編映画「ラ・ジュテ(La Jetée -1962)」から着想を得たと語っており、今作のノベライズで、日本ではハヤカワ文庫SFから刊行されている「12モンキーズ」の序文にも、映画からの引用とされる文章が掲載されています。
ただし、この映画の最大のテーマであり見どころである『夢と現の混在』という表現自体はこの「12モンキーズ」から用いられるようになったわけではなく、先の作品「未来世紀ブラジル」でも見られていたものであり、12モンキーズのみの単発的なアイデアではなくそれ以前がテリー・ギリアム自身が見出していた一つのテーマであると言えるでしょう。また、前衛的なラ・ジュテに対して、こちらは純粋なSFサスペンスとしての面白さを引き出しつつも、作家性の強い映像や独特のSFアイテムの造形センスの光る、魅力的な作品となっています。

 先ず一番に語らなくてはいけないのは、やはり混乱、混濁、混迷といった要素についてです。これらの言葉は、単なるバイオテロリズムによる混乱などといった意味だけでなく、複数の事実が混在し全容が把握できないさまや時間旅行による時間認識のズレ、夢と現実の認識など、多岐に渡ります。

 最初に一つの混乱として映るのは、2035年の混沌とした世界観、それから1990年の精神病院でジェフリーら患者が暴れまわるシーン。これらはいずれも視覚的な要素として訴えかけてくるものであり分かりやすいもので、この作品の課題を示すに適した見せ方です。この時点から既に理性的に出なくとも、喉の奥からくる不快さによってどこを観るべきかが分かるようになっています。
 次に来るのは時間旅行中の事故、時間軸の歪みです。目標到達点は1996年であるのにも関わらず、タイムトラベル技術の未完成によって2035年→1990年→2035年→1920年以前(詳細不明)と、複数回に渡ってジェームズ・コールは認識外の時間地点に迷い込み、ジェームズが実際に生きている2035年とは大きな隔たりのある世界を見ることになります。それに加えてかかってくるのが、精神病院での過剰な鎮静剤の投与や信じ難いバイオテロリズムを不実のものとして再学習させる精神治療、そして幼い頃の空港での夢で、これによりジェームズは現実世界をうまく認識できなくなるばかりでなく精神混濁に陥ってしまいます。ここでの演出は、視覚的な要素というよりは知覚的なもの、観客自身の理性に訴えるやり方です。
 そして極めつけが、あらゆる情報がジェームズの知覚の中で錯綜し、その中に溺れてしまうばかりでなく、当初の見立てを大きく外れたところに真実が在ったことが分かり、それまでの認識を破壊させられてしまいます。ここでは視覚的な要素と知覚的な要素が混在し、どこか既視感のある人物たちが空港に集いジェームズの記憶を痛めつけていくようになっているのです。

 この、過去と現在の情報が入り混じった状態で展開していく物語の不可解さ、あらゆる情報が混在し錯綜し主人公ジェームズの認識、そして観客自身の認識を歪めていく不快感の突きつけ方は、他のSF映画にはない魅力です。これこそ「12モンキーズ」の真骨頂でもあり、テリー・ギリアムが他のSF映画の傑作たちとは異なる、評価を集めている由縁であると言えましょう。

 次は、ここからは私が気づいたこの映画のオマージュシーンや、小ネタなどを。
 この映画では、ヒッチコック作品の手法や映像そのものを取り入れています。警察の逃亡を掻い潜るべく変装をした映画館では、ヒッチコックの代表作の映像が使われています。数十秒にわたって映されるのは、ジェームズ・ステュアート主演の「めまい(Vertigo)」、その後短く映るのはロッド・テイラー主演の「鳥(The Birds)」です。他にも映画館の看板に「サイコ(PSYCHO)」と書かれており、ヒッチコックのリバイバル上映をしているといった設定になっているようです。また、そもそもこの映画は一番長く引用された「めまい」のテーマである認識と記憶の歪み、不可解さといった要素に通ずるところがあり、また実際に大きな影響を受けているようです。


  
(作中で映るヒッチコック「鳥(The Birds)」「めまい(Vertigo)」)

 それから、序盤にわずかながら「めまい」のオマージュシーンがあるのです。開始から33分と数秒経ったところで、精神病院の鍵付きの格子扉を映したシーンがあるのですが、ここで「めまい」で用いられた「めまいショット」と呼ばれる映像技法が使われています。対象物の大きさを同等に保つよう倍率を調整しながら撮影距離を離していくことで、映像の奥行きがぎゅんと伸びるように変化し目眩に陥ったような感覚にさせる手法で、「めまい」で初めてヒッチコックが用いたことから日本では「めまいショット」と呼ばれており、また海外でも同様にVertigo EffectだとかDolly Zoomだとかいった風に呼ばれています。わずか一秒強ほどのものでシーンとしては些細なものですが、作中にめまいから引用されている点から言っても、明確なオマージュだと言えるでしょう。
 テリー・ギリアムはこれ以前にも「未来世紀ブラジル」の終盤でセルゲイ・エイゼンシュテイン戦艦ポチョムキン」のオマージュとして、反体制派と政府機関が衝突する場面で、掃除機が階段を転げ落ちるシーンを撮ったしているので、もしかすると他の作品でもこうしたオマージュシーンがあるかもしれませんね。


 さて、ここまでどうにも分析的で、解説のような形になりすぎてしまったので、ここからは私の個人的な感想などを。
 先に、この映画を味わいつくすにはSF的見識と過去の名作への理解が必要だと書きましたが、これは飽くまでも味わい尽くすためには、であってそれら抜きでは楽しむことさえ許されない、というわけではありません。そればかりか、既に書いたようにただしっちゃかめっちゃかにシナリオを破壊しているわけではなく、用意された要素や部品を複雑に絡み合わせながらも、その順序だった演出のおかげでタイムトラベルをモチーフにしたSFサスペンスとして、SFに興味がある人であれば、だれでも純粋に楽しむことが出来るものに仕上がっています。


  
(テリー・ギリアム作品の魅力の一つである、奇抜なSFアイテム)

 主演はブルース・ウィリスマデリーン・ストウブルース・ウィリスがSF映画、というのはあまり馴染みがないかもしれませんが、実はこの2年後には「レオン」に名高いリュック・ベッソンの意欲作「フィフス・エレメント」でも主役を張っており、高いアクション性と奇抜さもあって、ブルース・ウィリスの魅力が存分に発揮された内容になっています。ヒロインのマデリーン・ストウは、この他の作品ではそれほど著名な作品には出演していませんが、端正な顔立ちに加えて作中の真摯なキャラクター性もあり、とても魅力的に映っています。それから、”12モンキーズ”の関与者として登場するブラッド・ピットも中々で、この映画の混乱というテーマを象徴する人物として優れた演技を見せています。私はブラッド・ピットの出演作では、デヴィッド・フィンチャーファイト・クラブ」、ロバート・レッドフォード「リバー・ランズ・スルー・イット」くらいしか観れていないのですが、同じサスペンスものである「ファイト・クラブ」から言っても、彼の異常者の演技は見もので、この作品でも際立った演技を見せています。異常者役では右に出るものはないと言われるジャック・ニコルソンがこうした役を演じなくなった今、次は彼の出番かもしれません。……と言ってもブラッド・ピットも既に50歳を過ぎあまり若くありませんから、こうしたサスペンスものにも限りがあるかもしれませんね。
 それから、個人的に魅力だったのが、映画中で時々に流れる60年台のヒット曲たちです。ルイ・アームストロング「What a Wonderful Wold」、The Chantay「Pipeline」など、それほど音楽に興味のない人でも一度は聴いたことがある曲で、とてもいい使われ方をしています。それから、12モンキーズオリジナルの楽曲もとても魅力的で、不穏な世界観を演出するのを大きく助けているので、是非観る際にはこのあたりにも傾注を。

 この「12モンキーズ」は、テリー・ギリアムの映画作りにおける一つのテーマを描き切った作家性の強い作品であると同時に、SFに興味を持つ人であれば誰でも惹き込まれる魅力的なSFサスペンスでもあります。過去改変SFとして既に「ターミネーター」があったにしても、このシリーズに先んじてあの展開を取り入れたことは評価出来、アクション要素以外に今ひとつパッとするところのなかった「ターミネーター*(観ていない人への配慮の為、あえてナンバリングは伏せておくことにします)」と比べても良質のタイムトリップSFに仕上がっています。機会があれば、是非。


^215/03/10 ノベライズであるエリザベス・ハンド「12モンキーズ(ハヤカワ文庫SF)」に併せて、記事本文を追加・編集