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2015/11/10 3、4年前からね。

 10月の間はまったく誰とも会わず、出かける時は喫茶店か映画に行く時だけ、そうでなければ1人で家にこもりきりというような生活をしていました。
 11月に入ってすぐにマンション内での引っ越しがあり、数日はその作業にかかりきりに。それが終わると今度は大事な試験があり、慌ててテキストを繰り出し……というような調子で更に数日を過ごしました。でも、半ば無理矢理に動いたのがよかったのか、その翌週からはいくらか外出する気力も出てきました。試験が終わった翌日に、以前からお誘いを受けていた伊藤さんと映画を観に行く約束を取り付けて、火曜日に行って来ました。

 観て来たのは、9月の半ば頃からシネコンでかかり始めた「キングスマン」という映画で、ロードショーが始まってすぐ私の周りの映画ファンから注目を集め、観に行った人のほとんどから太鼓判を押されていた作品でした。
 ただ、既にロードショーから2ヶ月近く経っている作品だったので上映している劇場はかなり少なくなっていて、一般的なシネコンではもう上映されておらず、あってもレイトショーくらい、残りは二番上映の単館シアターくらいでした。私たちが行ったのは角川シネマ新宿という角川系の単館劇場で、15時過ぎからの回を。

 14時に新宿駅で待ち合わせをして、私が15分ほど遅刻を。指定席制だったので先に場所の確認も兼ねて角川シネマに向かい、チケットを2つ並びで取ってから、伊藤さんの探しもののために駅前の大通りにある紀伊國屋書店書店に。実は私は新宿の紀伊國屋に入るのは初めてで、同じ通りにあるブックオフで100円棚を漁りに行くくらいだったので、なんだかちょっとした冒険のような感じがありました。最初に洋書やデザイン系の階に行き一通り見て回ったあと、検索機を使って目当ての品を調べてその階に。私はとりたてて探し物もなかったので、伊藤さんと一緒に見て回りながら値付けの変わった「グレート・ギャツビー」の原書やら、ボーイズラブコミック向けのポーズ集やらをペラペラめくったり、店内のBGMでかかっているジャズがどこかで聴いたことのあるように思ったのだけれどなんだったかな、とかそんなことを考えていました。

 彼女がひとしきり見て回って満足したところで時間が近づいてきたので、角川シネマ新宿へ。途中、時間のないところを少し無理を言ってベローチェでジャムサンドとコーヒーだけ買わせて貰って、それからやや慌て気味で席に。既にロードショーからかなり日が経っているためかかなり空いていて、照明が落ちて予告が始まってからでも問題無いだろうというくらいでした。この前の日曜日にはレディース・アンド・ジェントルメン上映と称されたイベント上映があったらしく、満席になるほど盛り上がったという話だったので人も多いかなと思っていたのですけれど、取り越し苦労のようでした。
 私たちが入ったのは上映3分前というところで、席について一息つき、少し談笑……なんて、そんな余裕もありませんでした。どうにも私は余裕を持って行動する、というのが出来ないようで、どんなに早めに準備をしてもさあ行くぞという頃にはぎりぎりの時間になっているのです。1人でシネコンへ行くときは、だいたい上映時間が始まって予告が流れ始めたかな、という頃に劇場に入るので、この時もこんな気分でいたのかも知れません。この日も結局女性と一緒だというのにいつもと変わらない調子だったので、大分慌てさせてしまったかもしれませんね。

 劇場が暗くなって、それから注意やら、予告やらが入り、上映が。


 普段はもっぱら名画座通いで、一本の映画に1800円払うということは先ずなかったので、内心「つまらなかったらどうしてくれようか」なんて考えていたのですけれど、杞憂のようでした。最初の一時間はダブル・オー・セブンに愛と青春の旅立ち、トップガントレインスポッティングあたりをごった混ぜにしたような感じで、後半はほとんどバカ映画(それとも、ナンセンス映画とか言うべきでしょうか)のノリでした。前半1時間くらいまでは時々関心しつつもまぁこんなものかな、なんて思っていたのですけれど、教会でのアクションシーンに度肝を抜かれそのまま一気に物語が進んでいき、半ば収束を放棄したような形でどんどん色んな要素がぶちまけられ、終盤にはすっかり目の前の映像に夢中になってしまいました。
 細かいことを書くならば、サミュエル・L・ジャクソンと黒髪おかっぱ美女のコンビが「パルプ・フィクション」みたいだったとか、悪役の人類征服の手段が伊藤計劃の「虐殺器官」における虐殺の文法と類似しているだとか、終盤の扉を包丁で破壊するシーンはキューブリックの「シャイニング」のオマージュだとかいろいろあるのですけれど、今それを長々と書くと、感動が鈍ってしまいそうなので、これくらいにしておきます。

 終わって劇場を出た頃にはすっかり気分が上がってしまっていて、とにかくこの興奮を彼女と語りたい、という気分でした。

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