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つかさという喫茶店のこと

喫茶店 日記

先日、「つかさ」という喫茶店が閉店しました。
 JR高田馬場駅のある大通りを西側に5分ほど歩いたところにある3階建てのビルの1階にある喫茶店で、かつては手塚治虫の製作スタジオが同じビルの2階にあったらしく、連日スタジオの製作者たちや手塚氏が利用していたという逸話のあるお店です。私がこの喫茶店の閉店を知ったのも、手塚治虫の娘である手塚るみ子氏のツイートからでした。

 今年の3月に稲森さんが東京に来られた際にここに来た時シャッターが閉まっているのを見てから、早稲田松竹に2本立てを観に来るときには必ず足を運んでいたのですけれどいつもシャッターが閉まっていて、どうしたわけだろうと思っていたのですけれど、まさか閉店してしまうなんて。

 私自身、大それた悲しみ方をしてみせるくらいこの喫茶店の常連だったというわけではないのですけれど、私が初めて名画座に来た日に入った喫茶店だったので、とても思い出深い場所ではありました。
 行ったのは去年の11月の最後の金曜日で、アルフレッド・ヒッチコックの「北北西に進路を取れ」「裏窓」の2本立てを観に行った時でした。その上映の前の月にシネコンの午前十時の映画祭で「第三の男」を観たり、フランソワ・トリュフォー映画祭で「大人は判ってくれない」華氏451」を観たりして以降、レンタルショップには置いていない古典映画をもっと観たいといろいろ調べた結果、名画座の存在を知り、ちょうどヒッチコック特集をやっていたのがこの早稲田松竹だったのです。

 喫茶つかさはすべての席がソファーで、カウンターはなし。灰色のテーブルが規則正しく並んでいるのですけれど、その中にひとつだけ電源の入っていないテーブル筐体があって、店全体の景観もかなり古めかしいのですけれど、そのテーブル筐体は中でも一際古めかしい匂いを放っていました。私が行った時はいつも50代くらいの男性と同じくらいの女性2人で接客をされていました。
 私がこの喫茶店で一番好きだったのはこの男性の接客で、このお店に来るときだけ私は60過ぎのサラリーマンにでもなっているんじゃないかというくらい、丁寧な接客をしてくれるのです。私が2人用の席に座ると、この男性が「空いていますからどうぞこちらへ」と4人用の大きいテーブルを勧められ、コートを脱ぐ頃にはもうメニューと水が運ばれてきます。数分ほどしてメニューを決めてパタンと閉じるとすぐに注文を取りに来てくれて、セットメニューを頼むとコーヒーは食後にするかまで聞いてくれます。それから私がナポリタンやミックスサンドをむしゃむしゃやっているうちは常連さんのお相手に戻るのですけれど、食べ終わる頃には既にコーヒーの用意ができていて、食べ終わる少し前に持ってきてくれます。それからまたしばらくするとナポリタンの皿とミルクのポットを片付けに来てくれて、それが済むとあとは好きにさせてくれるので、15分ほど本をめくったりしていましたっけ。そうそう、それからおしぼりは使い捨てのものではなくて、喫茶チェーンの「ルノアール」で出てくるようなちゃんとした温かいおしぼりです。

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ナポリタンとコーヒーのセット、750円

 もちろん接客をするのは男性だけではなくて、女性の方も。こちらは男性と違ってフランクなのですけれど、嫌味がなくてとてもにこにこしているので、こちらまでなんだか笑ってしまいます。初めてここに来た時はこの女性が相手をしてくれて、ナポリタンを食べ終わった後に「綺麗に食べてくれてありがとう」と言ってくれたり、会計の時に「また食べに来てね」と言ってくれたのを覚えています。

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ミックスサンドとコーヒーのセット、720円

 コーヒーは昔の喫茶店らしい酸味ベースですが、砂糖の甘味がよく馴染むバランスのとれた味でした。普段は砂糖だけでクリームはあまり入れないのですけれど、ここに来る時はクリームをたっぷり入れて飲むのが好きでした。食事と合わせて飲まれるのを意識しているのか、濃さもほどほどで苦味も強くないですし、クリームもフレッシュミルクではなくちゃんとしたクリームなので、コーヒーを飲み慣れていない人にもいいだろうな、なんて考えたりもしていましたっけ。


 お店を閉店することになったのは、50年以上前に店を開いた店主が亡くなったからだとか(実際に話を聴いたわけではないので、確かなのかは分からないですけれど) 私の年齢を倍にしても全然届かないくらい長い間経営されていたわけですから、閉店してしまったのも仕方ないことなのかもしれませんね。お店でもなんでも、いずれ必ず終わりは来るものです。たとえ一見途切れることなく続いているように見えるものでも、実際は絶えず変化し続けていて、当初とは全く違う姿になっていることがほとんどですから。

 喫茶つかさが開いていないときは、同じ早稲田通りの、早稲田松竹から道路を挟んで斜向かいにあるエスペラントというこれまだ古い喫茶店があって、そこに行っていたのですけれど、これからは喫茶つかさの分も、ここでコーヒーを飲んだり、カレーライスを食べたりすることにします。それから、たくさん早稲田松竹で映画も観ることにします。こんな風に「あの時はたしかあれとあれの二本立てを観に行っていたんだ……」なんて思い出話をできるように。