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2015/08/13 鼻の汗を拭いてくれ、

映画

 先の日記で、アレクセイ・ゲルマンの旧作上映については後日に、ということを書いたので、今日はそのことについて書いてみようかと思います。……とは言っても、ソビエト映画なんてまったく不得手で、観たものといえばそれこそセルゲイ・エイゼンシュテインの「戦艦ポチョムキン」くらいなので、ほんとうに純粋な感想ですけれど。

 8月の8日から14日までの間、早稲田松竹アレクセイ・ゲルマン特集が行われていて、3日と4日に分けて2本ずつ、「フルスタリョフ、車を!」「我が友、イワン・ラプシン」「道中の点検」「戦争のない20日間」の4作品が上映されていました。

 3月に渋谷ユーロスペースで遺作「神々のたそがれ」が公開されて以後、そのあまりにも強烈な作風に反して最近の映画ファンにはほとんど馴染みがなかったため、SNS上では「是非旧作のリバイバル上映も!」という声がかなり高く、私もその1人で、今回早稲田松竹でのかかると決まったときはすぐに観に行くことを決めたくらいでした。そうしたファンの盛り上がりの通り、最初にフルスタリョフ-と我が友-の2本立てを観に行ったときはかなり人が入っていて、開場1本目が終わった2回目の上映には満員になっていて、立ち見の観客が出るくらいでした。ただ、作品が作品なだけに観客の作品に向かう姿勢にはかなり差があって、上映開始から数十分には眠気に負けてしまう人もいれば、ずっと画面に釘付けになっている人も居ました。
 最初のプログラムで挫折した人が結構いたのか、次の道中-、戦争のない-の2本立ては結構空いていて、一番混雑する開場から2本目の上映でもまだそれなりに席が余っていたくらいでした。

 私が4本を観て一番に思ったのは遺作「神々のたそがれ」があまりにも破滅的過ぎるだけで、これまでの作品について言えばそうした前衛色はかなり薄く、旧時代らしい芯の強い作品を撮っていたのだな、ということでした。
 私が一番気に入っているのは「我が友、イワン・ラプシン」で、当時子どもだった主人公の語りを通じて連続殺人犯を追う刑事イワン・ラプシンの精神性とそれを取り巻くソビエト社会を描いた作品で、世界的にもアレクセイ・ゲルマンの最高傑作とされている作品です。この作品の最大の評価点は当時社会的に順風満帆で浪漫にあふれていたとされていたソビエト連邦の内情を浮き彫りにした、ということなのですが、そうした点を抜きにして純粋に面白い作品でもあります。
寡黙だけれども優しく、時に熱いラプシン像は現在の私たちにとっても共感しやすい人物ですし、それでいて映像や距離を置いた巧みな語りがある種のハードボイルドさを醸しています。シナリオは父ユーリー・ゲルマンの作品を基にしているということで筋を追いやすいですし、銃撃や暴力描写も派手でこそないものの効果的で、単純に「面白い」作品です。

 寡黙さ、ハードボイルドさといった要素が作品のイメージとしてある我が友-とは逆に、「戦争のない20日間」は非常に情緒にあふれた作品です。
従軍記者の主人公が戦地での活動から一時帰国し、また戦地へと赴くまでの休暇期間を描いた映画で、主人公はこの休暇期間にプロパガンダ映画の監修、妻との離婚、新しい恋人との出会い、別れといった様々な体験をします。我が友-は全体的に寡黙な、これといった感情描写を出来るだけ排除してあるのに対して、この映画でのそうした表現は実に色味豊かです。女が泣き叫ぶ描写や熾烈な戦争描写といった突き刺すような描写はもちろんのこと、新たな恋人と別れんとするときの悲しげな、微妙な表情や仕草といった細かい機微からも饒舌に語りかけてきます。それから、他に監督した作品では明るい場面を撮りたがっていないような印象を受けましたが、今作では笑顔やたくましさといった点を積極的に表現しているように感じられました。

・DVDリリースの際に収録されていた日本語字幕付き予告編

 おそらくこれまでの作品とは一線を画し「神々のたそがれ」につながる転機になったであろう「フルスタリョフ、車を!(1993)」はこれまでの作品とは大きく異なる作品で、これまでのはっきりと物語を語らせることはなくとも、明確なシナリオを持っていた3作とは異なり、それぞれの映像に何かしらの軸は観られるにしても、全てを見通した上でもその全容というのはまるで掴めません。傍若無人な軍医がある転機を切っ掛けに決定的な事件に巻き込まれていく……というものですが、それぞれのシーンにどれだけの意味があるのかというのもよく判らず、それでいてブラックなユーモアに満ちたアヴァンギャルドな描写も多分に詰め込まれているので、正直言って私もどれだけちゃんとこの作品を見ることが出来たのか……自信がありません。そもそも……アメリカで一、ニを争う映画狂であるマーティン・スコセッシに「何が何だかわからないが、すごいパワーだ」*1と言わせてしまった作品なので、私が眠気に襲われずに見通したというだけでも、褒められて然るべきでは……なんて。

 ただ、個人的には「神々のたそがれ」はフルスタリョフ-的な破滅的イメージを持っているにしても、実験的な、アヴァンギャルドな要素は乏しいように感じられます。確かにひとつひとつの描写を取ってもよく分からないのですけれど、実験的な意味を込めて撮っているというよりは、すべて分かった上で難解な描写にしている、といった印象を受けました。

 道中の点検……は、決してつまらなかったわけではないのですけれど、睡眠不足のためか結構な時間意識が飛んでしまっているので、ここに感想を書くのはやめておきます。適当な事を書いて、突っ込まれてしまったら困りますから……。

早稲田松竹での上映は既に終了してしまったのですけれど、今度は「神々のたそがれ」の上映が行われた渋谷ユーロスペースで全作品の上映を行うようです。*2一般1200円、会員1000円と名画座と比べると高めですけれど、せっかくですし道中の点検-を改めて観直しにいこうかしら、なんて少し考えています。