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2014/11/11 どんどん先

日記

 私が通っていた小学校では、まだ文字を読むのがままならない低学年向けと中・高学年向けの図書室があり、それぞれ貸し出している本が違いました。低学年向けの図書室――といっても、本当に小さな部屋で、棚も段ボールで作られたちゃちなものだったのですけどね――では、極力漢字の除かれた低学年向けの児童書や絵本、それから子ども向けの映画が貸し出されていました。その頃はまだ映像メディアはディスクではなくVHSテープで、小学生から上がったばかりの私にはとても大きく感じられたのを覚えています。
私自身、保育園の頃から誰よりも絵本へ興味を示していたのですが、本の魅力を真に感じられるようになるのは意外と遅く、中学生になってからでした。またその一方で、私の姉は小学生の頃からよく本を読んでいました。それに加えて物を大事にする人で、今でも姉さんが小学生時代に買った講談社の青い鳥文庫は今も綺麗なまま残っていて、本棚に並んでいたりします。そんな彼女が、私が小学校に入学したばかりのころ、学校には図書室というものがあるのだと教えてもらったと家で話したとき、ある映画を強くすすめてきたことがあります。

 結局その時は勧められたまま観ることなく過ぎ、結局観ずに十年以上もの歳月を重ねてしまったのですが、先日、とうとう観ることになりました。観終えての具体的な感想はまだ書かないのですが、いい映画でした。ほんとうにいい映画だったので、なんだかこれまで観てこなかったことがすごく勿体なくも思われたのですが、この今私が得ている感動は歳を重ねた私だからこそ得られたのではないか、とも思います。
 しかしながら、そう考えると、私に勧めてくれた当時まだ小学校高学年ほどだった姉さんは、この映画からいったいどんなものを観ていたんだろうな、と思わずにいられません。歳を重ねた私の見方とは違う、別のかたちでこの作品を捉えていたのかもしれない……なんて思うと、その頃の姉さんが、すこし羨ましく感じられたりもします。姉さんが勧めてくれたこの映画のように、その時々の生活の中でしか得られないもの、感じられないものというのは、私たちが思っている以上に多くて、実際はそうした生活における感情や風景の積み重ねこそが、現在の私が過去に生きていたことを示す一つに成り得るのではないか、と思います。

 今では姉さんよりも私のほうが本をたくさん読むようになってしまったし、映画も私の方がずっと詳しくなってしまったけれども、依然として当時の彼女がこの映画から得ていたものは彼女のみのもので、私にはどうやっても感じられないものなのだと思うと、なんだかとても不思議な心地にさせられます。

 ちょっとした思い出の記録、