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I女史とのSF談義、一

映画

 七月の初め頃にI女史とインターネット回線を利用した音声通話で、最近の科学技術についてのニュースを取り上げながら、SF映画と絡めて色々雑談などをしたのですが、それがなかなかに印象深いものでしたので、簡単にあとづけなどをくわえながら記録などしておこうかと思います。

 話の発端は女史とバージェス著のディストピアSF「時計じかけのオレンジ」についての考察のやり合いから始まりました。そこから2001-2014年現在までの機械などに触れながら、それらとの差異について色々と話し始めました。


 「しかしながら、こうしたディストピアSFや、一般のSFなどで描かれた近未来が、まったく的中したとまでは言えないにしても、その予見のいくつかはなにかしらの形で実現しているように思います。特に私が「これはSF的だ」と思わされたのは、やはりスマートフォンタブレットと言った携帯情報端末でしょうかね。」
 ――最近のスマートフォンはすごいですよね、ほんとうになんでも出来てしまいますから。
 「ええ。片手で持てるような小さな機械ひとつで、ビデオが見られて、音楽が聴けて、データの送受信ができ、それによって企業、個人問わずあらゆる人と交流が出来る(またそれは、エンターテイメントかビジネスかに限らず、とにかくあらゆるものとつながりが持てる)わけですからね。」
 ――本当に前世紀に夢見ていたような科学進歩の一端は、たしかにこうしたスマートフォンというかたちで実現されているようですね。
「ただ、私がいくつか思ったことがあって、そのひとつは、前世紀のSF作家たちが予期していなかったことがあるな、ということで……、昔のSF作家たちの多くは科学技術の進歩に伴いより機械が複雑化していくだろうと考えていましたが、実際に一つの文明の利器と言えるスマートフォンを見てみると、出来ることこそきわめて多いものの、その使い方はきわめて簡単です。」
――確かに、タッチパネルとボタンがいくつかあるくらいですし、その操作もタッチ、タップなど簡素な操作で完結しますよね。
「そうなんですよね。昔のSF映画やSF小説を読んでみると、どれも複雑極まりない巨大マシンばかり描かれていますが、実際はそうではない。利便性やデザイン性といった、単なる工学的側面だけに依らない、人間ならではの美学や感性によって大きく変容しているんですね。」
――美学や感性、といえば、Appleのハードウェアなんかがそうですよね。MacintoshiPhoneって便利なだけじゃなく、凄く洗練されたデザインをしていますし、保護ケースやカバーなどで、更におしゃれに取り繕うこともできますから。
「そう、それに、そうした独自の美学を持つAppleの製品と言うのは、実際きわめて多くの人々に支持されている。ただ高性能を追及するだけでは科学の進歩と言うのは成り立たない……、大衆に支持されてこそ初めてそうした科学技術の進歩というのが明らかになる。コンピュータの処理能力が飛躍的に上昇しても、それが一般に扱え、受け容れられるものでなくてはならないんですね。リドリー・スコットのエイリアンなんかで見られた大量のスイッチやボタンがいっぱいついた複雑きわまるコンピュータなんて、私たちのような一般人にはとても手に負えませんからね。」
――それに、単純にボタンが増えればいい、というものでもないですしね。そうしたコンピュータを扱う人たちだって、簡単にできるものは簡単にできたほうが断然いいはずですよ。でも、そう言った意味ではそうしたデザイン性や利便性というのも、(人間工学と言う名の)科学の一つなのかも知れませんね。
「なるほど、そうですね。それに、そういった話を踏まえてみると、スタンリー・キューブリック(とアーサー・C・クラーク)の2001年宇宙の旅で最初に提示された猿と骨、人間と機械の関係……(人は道具を使用することで飛躍的な進化を遂げたが、やはり)本質的には未だに“道具を使う猿”という存在から逸脱出来ていない、という投げかけも非常に重みを持ってきますね。」
――ええ、……


続く、