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スティーブン・キング「スタンド・バイ・ミー(Stand By Me)」、映画作品も合わせて

映画

スタンド・バイ・ミー

スタンド・バイ・ミー(The Body / Stand By Me)」

原作: スティーブン・キング
監督: ロブ・ライナー
出演: ウィル・ウィートン、リヴァー・フェニックス

 ここから30マイルほどにある湖畔のそばに、死体があるらしい――ある日の秘密基地で太っちょのバーンが打ち明けた。
内向的な性格ながら豊富な知識を持つゴードン・ラチャンス、自身の家庭環境に失望しながらも時々に実直な面を垣間見せるクリス・チェンバーズ、暴力的な父ゆずりの無鉄砲さを持つセオドア・テディ、太っちょでのろまのバーン・テシオ。死体発見と言う行為に英雄性を見出した不良少年4人組は、死体を探すべく列車づたいに歩き始めた。

小説読破に合わせて、映画も鑑賞。この作品の面白さについては今更声を荒げて書くほどの事でもないので、原作との相違点などを簡単にメモがてら総括。

 この「スタンド・バイ・ミー」に関して言えば、90分という映画でも小さい枠ながらきっちりと描かれており、映画単体で原作に劣らない感動を与えてくれる出来に仕上がっているのだが、映画作品という形で落とし込むために、いくらか設定の変更(変更というよりは焦点の違いだが)が加えられている。
 原作ではゴーディの兄への依存とそれに対するコンプレックス、そして兄の死を発端とする両親からの冷遇。そして表面化しないながらも幾人かの友人たちとの間に生じていた意識のずれ、将来について……と言った、思春期特有の思い切りのいい若干のホラー色を含めた死体探しと言う冒険譚を用いながら、淡いながらも豊富な色味を持たせながら描いている。が、一方で90分と言う枠に収めなくてはならない映画では、そのゴーディの兄へのコンプレックスと、それを暖かく支えようとするクリス・チェンバーズという一点に絞り、互いに内面を吐露しあい、また窮地を支え合おうとするさまを時に感涙を誘いながら、また興奮を誘いながら描いている。そのため、彼ら自身の将来を予見するいくつかの描写は絞られており、ヒューマンドラマへ大きく舵を切った映画では、ゴーディとクリスから離れて行ったバーンとテディのその後が大きく変更されている。
(原作では、クリスに「あいつ20歳まで生きていないぜ」と言われていたとおりテディはその後父親という歪んだ存在への愛情を抱きつづけながら、軍隊を目指すも失敗し、若くして事故死し、バーンもそれと大差ないものに描かれている。)

また、原作小説は、小さな冒険ののちに、家庭による理不尽な待遇を受けながらも肩を寄せ合い成長してきたことを示す文が、作家として成功したゴードン・ラチャンスによって語られており、その中でも、単なる友情にとどまらない、ある種の同性愛めいた(同性愛とは違うものだと否定されてはいるが)友情をクリスと築いていたと書かれている。


 最後に個人的感想を言うとすると、きわめて陳腐でこの上なくありきたりになってしまうが、映画もいいが原作の方が面白い、の一言に尽きる。
その死体探しと言う冒険譚は映像化しても全く色あせることはなかったし、局所の見せどころも良く、こうした印象的な場面の切り取りは映画ならではのものだが、是非冒険譚にとどまらず、ゴードン・ラチャンスとクリス・チェンバーズの持つ人間性をより深く感じられる原作はまた格別な味わいで、もっとこの冒険譚の中に見えるものを映像以上に密に感じ取ってほしいと言う思いが強くある。
 
ただ、それと同時に、また別の形での感動を与えてくれる映画も、本書を語る上では欠かせないアイテムになっているのも間違いないだろう。