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映画「12人の怒れる男(12 Angry Men)」

映画

映画「12人の怒れる男(12 Andry Men)」

監督: シドニー・ルメット
脚本・製作: レジナルド・ローズ
主演: ヘンリー・フォンダ


アメリカ・スラム街で起こった、少年を被疑者とした父親殺害事件の陪審議論室を舞台として、12人の陪審員による逆転劇を描いた社会派サスペンス映画。


 この映画について、もっとも語られるべきは、芸術偏重主義から距離を置いた、理論によって攻め立てるシナリオと、劇画的でない、あまりにも簡素な舞台であろう。舞台は陪審員室の一室、登場人物は陪審員十二名と、ほんの数秒現れるばかりの被疑者の少年と裁判所員のみ。100分近い映像として成り立たせるにはあまりにも素材が乏しい。だが、この映画ではものの見事に限られた素材だけを駆使し、この上ない社会派サスペンスをその映像の中に落とし込んでいるのだ。
有罪間違いなしと思われた陪審員の判決が、ある一人の良識ある理論主義者の陪審員によって覆されていく様は、静かで派手さに欠けるが、どこか荘厳とした面持ちを見せており、また時々に内なる熱情を露している。シナリオの構成も、一つ一つ筋道だてられ、事件の中に残る疑的案件を提示していくこれまた簡潔であるが、そのシンプルさが、反ってその曲がることのない真相追及の姿勢を明確に打ち示しており、その飲み込み易さもあいまって、激しく惹きこまれるものがある。

また、こうした部分について賞賛しなくてはならないだけでなく、それに付け足して盛り込まれている更なる制約についても、いくつか感心させられる。特に目立って私を驚かせたのが、陪審員たちは始まりから終末まで、一貫して明確な名前を持たない陪審員の一人として描かれている事である。そして、それでありながら、各陪審員たちが明確な思想と人生を持って描かれている事にも、驚嘆せざるを得ない。
体育教師で人の統括能力に優れ、陪審員の中でも円滑な議論をすべく試みる陪審員一番。数年前に息子との喧嘩別れしたことから、青年たちに敵意と叶わない愛情を向ける陪審員三番。一貫して被疑者の境遇から有罪を確信する有罪投票者の中で、唯一冷静な理論武装陪審議論に立ち向かっていく陪審員四番。セールスマンで思想が無く、議論に関心を寄せない陪審員七番。他十一人が有罪を確信する中で、証言の中の矛盾を鋭く指摘し、再捜査を要求する陪審員八番。老獪な観察力と洞察を持ち、証言者たちの心理状況を言い当てる陪審員九番。徹底した差別主義者で、他の陪審員たちから冷ややかな目線を受ける陪審員十番。ユダヤ系アメリカ人で、改めて一連の証言を再考察してみようと努力する姿勢を向ける陪審員十一番……。どのキャラクターもリアリティを孕みながらも非常に一個として成立しており、様々な思想や考え、疑問が錯綜する様がはっきりと感じ取れる。これが、名前を持たないものだとは思えない。現に私は、ラストシーンで、陪審員八番、九番が簡単に紹介し合うまで、名前が述べられていなかったなどとは夢にも思っていなかったほどだ。

最早文句のつけどころがなく、どこをとっても大きく頷かせられる。古典的な物語構成と、前衛的な映像が同居した今作は、時代に捉われない新鮮な驚きでもって、今回のみならず、これから先の映画趣味のための時間を豊かにしてくれる、素晴らしい一作として仕上がっている。