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レイ・ブラッドベリ「華氏451度」(ハヤカワ文庫刊)

2014.02.26 レイ・ブラッドベリ華氏451度」(ハヤカワ文庫刊)

書物の所有・利用が禁止され、焚書官による徹底的な本の抹消が行われている架空近未来を舞台として、焚書官ガイ・モンターグの葛藤とディストピア(地獄郷)の行く先を描いている。


 SFの門を、ほんの少しばかりの野心を持ってコンコンとノックした日から未だ間もない。SFという新境地を見出すための入門書とも比喩され、また数ある古典SFの中でも高い評価をいまなお受けている、ロバート・A・ハインライン夏への扉」に触れ、圧倒されてからまだ二週間ほどしか経っていない。


今日の「華氏451度」を読み終えた時、小説の中に見るサイ・ファイの世界が、あまりにもそれまで自分が頭の中に思い浮かべてきた空想科学の世界とは掛け離れているかをはっきりと自覚させられ、作品の持つテーマとメッセージに心動かされると同時に、ひどく恥ずかしくなった。
頭の悪い自分には、SFと言えば妙ちきりんな定型的地球外生命体とのコンタクトを描いたお笑いもの若しくはお涙頂戴ものか、高度な文明が築かれた近未来ものというのがSFの決まりごとになっていた。……それが、どうだろう? ブラッドベリによるこの作品は、近未来というひとつの仮想世界を描きながら、現在にある旧文明品の軽視と、本を読むという行為が持つ価値について、一冊の本の中に詰め込み、描ききっている。また、その「華氏451度」の中に描かれている仮想世界は、近未来予測のひとつの正解例と言ってもよいほどに酷似している。私は最早、あんぐりと開いた口を閉じるのが精一杯で、他に何も出来ないほどに強い感動を覚えていた。大きく溜め息をつき、これがSFか!とつぶやきたい気分だった。



 ――しかしながら、どうしたわけで、私の中のサイ・ファイはこんなにも歪められてしまっていたのだろう? 何よりもの疑問だった。私は古臭い人間だけれども、一方で高度な文明にすがって生きている人間でもある。故に理解は出来ずとも、近未来について様々な妄想を膨らますことや 未だ見ない宇宙や生命の神秘を見ることは決して嫌いではなかったはずだが……。
 その疑問の回答は、殊の外すぐに解した。「SF(空想科学)」というものがあまりにも広義であるがゆえに、極めて俗悪的な、面白みや創造性に欠けるものにまでSFのくくりを付けて語られてしまっているためだった。
娯楽要素の極めて強い、地球外生命体との交渉を描いた感動ものの小説があったとして、それがその時代の科学に証明された理論や定説に基づいて書かれておらず、娯楽じみたキャラクター性ばかりが強調された漠漠然然としたものであったとしたら、それは最早空想科学と言えるだろうか? 言えないと、私は思う。広義の空想科学であるとは言えても、堂々とそれ一本で推せるだけの要素があるとは到底言えないし、そも、そんなことは、袋一杯の玄米の中に一握りぽっちの白米を入れ込んで白米として売りつけるようなものだ。
……ただ、それとそれほど違わない作品がSFというジャンルを冠した名ばかり娯楽小説が蔓延しているのも事実であるように思う。機械で出来た少女や宇宙人の恋人、なんて言う設定がもうしわけ程度についているだけの、陳腐な自称SFの多いこと、多いこと! 無論、タイムトラベルの概念を分かりやすく紹介し、発展した22世紀の発明品の利用と効用によって高い娯楽性と空想科学を両立した「ドラえもん」のような作品もあるが、そうした娯楽作品はかなり少ないと言って良い。近未来への羨望がひときわ強く、SFが今よりも若い年代に受け容れられていた時代には、映画や小説、時には漫画やアニメーション、ゲームにもそうした強い空想科学を匂わせた作品が数多く発表されたが、すでにひとつの近未来地点である2000-2009を超えた現代では、それまでに行われた近未来予測の中の幾つかを実現している(「華氏451度」の中で予見された家に住まうお喋りな「壁」も、現在ではテレビ・コンピュータと言う形で実現している)。そうした事実から見るに、既にさらなる科学技術の発展についての純粋な驚きがなく、以前よりもそうしたSFに対しての強い憧れが薄まっている現代では、今では娯楽性を増長させる一要素くらいになってしまっているのかも知れない。

しばらくは、かつての人々が見た先の科学を見直すという意味と入門という意味で、定番古典群でSFの海に浸かりたいと思っている。が、手塚治虫の漫画作品「メトロポリス」や「鉄腕アトム」のような、これから来るであろうロボット技術については更なる予測が求められると同時に、それに伴って孕むことになるであろう相互の人権的問題や、人間自身の役割について描いていく必要があるように思う。こうしたある程度の文明発達を成し得た現代だからこそ出来る冷静な近未来予測も、現在のSFの課題になっているのだろう、そちらにも期待したい。