読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画:スカイ・クロラ

映画

監督:押井守
原作:森博嗣

戦争請負会社の台頭によって、平和が保たれた架空現実を舞台に、寿命が無く怪我、病気以外では死なない”キルドレ”と呼ばれる人々を主人公として、無為に生活を営む人々の平和の維持を自覚させるためだけに延々と戦争を繰り返す”キルドレ”の戦いと生活を描いたアニメーション映画。


この映画は、映画館での公開が発表された当初から興味があった(とは言っても、この映画が公開されたのはもう5年前の話)。切なさのある雰囲気と、一般的なアニメーションとは違った趣のある絵柄に、幼いながらも強く惹かれた。ただ、それまで私が「映画を観ることに積極的でなかった」と言ったように、態々映画館に行って千数百円の金を払ってまで観に行くのに億劫で、結局夏公開時におたおたしている内に近所の映画館では上演が終わり、ため息をついた後、記憶の片隅に追いやられて、つい最近まで思い出すことはなかった。が、それでも、この映画を手に取った時の期待感と言うのは非常に大きく、公開時の生活を思い出しながら、どんな映画だったのだろうと、ひどく興奮させられた。

感想としては、「期待以上だった」と言う他ない。見始めた当初は、空での戦闘描写がアニメーションではなく、CGであった点や、主人公や、物語上で重要な役割を担っているらしい司令官の少女の声がどうにも棒っぽく、それでいてそれ以外の登場人物たちの声の演技が中々良かったため、その差がどうにも気に入らなかった。また物語も”キルドレ”の誕生について特別説明がなく、漠然とした情報しか与えられずに物語がどんどん進行していくのも非常に不可解で、顔をしかめずにはいられなかった。が、この不可解さが、後半になるにつれて、少しずつ氷解していくのだ。具体的に挙げるならば、”主人公とされる函南優一が基地を転任する前に在籍していた戦闘員の謎””キルドレが時々に放つ不可解な行動、言動にどういった意味を持つのか。またどういった理解に基づいて行われたのか。””延々と繰返す戦争の意義””草薙指揮官の過去とキルドレという存在について”と言った一連の不可解な問題が、少しずつ、明らかになってゆくのだ。またこれらの問題は完全に開けてしまうのではなく、何とも言えぬ神秘さを残し、受動者側に幾らかの考察を展開する余地を残している。加えて、最後に「”キルドレ”のように、日々を繰り返すだけでは生を全うできない存在であったなら、人はどの様にして自分自身の存在を見出すだろうか?」「漠然とした情報の上で、漠然と生きていくだけの日々に、どのようにして変革を齎すか?」というメッセージ性を発するとともに、スカイ・クロラの世界で生きるキルドレ達の答えとして、空で戦い続ける戦闘員としての最後をきっちりと提示している。

当初気にかかっていた感情の薄い、身の無い主人公函南優一と指揮官草薙水素も、その世界観によって独自の無機質さを持ち、また切なさを感じさせる。思春期を境に成長が止まる”キルドレ”という存在と、不安定でいま一つしっくりこない声の質感が上手く組み合わさった形で、その世界に没入しはじめると、寧ろ、感情表現豊かな草薙指揮官など有り得ないとさえ思ってしまう。また、異質な存在として扱われる”キルドレ”たちの間でもそれぞれに独自の解釈や感情を表す存在が居り、別の舞台より配属された三ツ矢氏や、函南のよき理解者として現れる土岐野氏は、草薙指揮官、函南に対して感情表現が豊かで、受動者側が共感や愛着を持てるような性格になっており、単なる創作に仕切っていない。
CGによる戦闘もアニメーションでは出し得なかったであろう緊迫感とリアリティを出すことに成功しており、アニメ映画と一口に言っても、こういう手法もあるんだな、と見終わった後になって感心。先日観たカウボーイビバップなどでもCGによるアニメーションはあったのだが、どんなに良いものでも実際に一つの手法として突然観ると抵抗が湧くのだな、とこれは映画とは関係ないが、ちょっとした発見。

とても気に入ったし、感動させられた。その世界観にも非常に興味を持ったし、機会があれば改めて見直したいし、森氏による原作も一読してみたい。