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読書記録. スタンダール - 赤と黒(上)

「赤と黒」(上)
スタンダール 著. 小林正 訳.

製材小屋のせがれとして生れ、父や兄から絶えず虐待され、暗い日々を送るジュリヤン・ソレル。彼は華奢な体つきとデリケートな美貌の持主だが、不屈の強靱な意志を内に秘め、町を支配するブルジョアに対する激しい憎悪の念に燃えていた。僧侶になって出世しようという野心を抱いていたジュリヤンは、たまたま町長レーナル家の家庭教師になり、純真な夫人を誘惑してしまう……。(新潮文庫あらすじ)

 中学二年次に河出の作品集を手にした際に読み始めながらも、大体半分強読み終わった所で挫折した作品。中学生の私には奥深い反聖書的な愛や激しい上昇志向な性格の主人公とその描写を理解できず、退屈な小説だなという雑な感想を持ったのみにして投げてしまった、という記憶がある。

 大体投げてしまった地点はこの上巻と同じくらいだと思われる。これ以降の展開についてはよく知らないためにどうこうと論評臭い事は言えないけれども、中々情熱をかきたてられる小説だったな、と言うのが主な感想。

 上巻ではジュリヤンとレーナル夫人の間にある不倫と、神学校での厳しい生活について描いている。中学生の時分にはレーナル夫人とジュリヤンの不倫が一番記憶に残ったらしいが、今回は、神学校生活を送るジュリヤンに強く惹かれた。
主人公ジュリヤン・ソレルと言うのは、一般的な人とは少し違う。一般的な教育は受けていないが、町の神父の下で神学を学び、本によってラテン語を習得した、ある種の天才。だが、性格にいくつか癖がある。新潮文庫あらすじの通り、「貴族階級に対し強い憎悪の念を持っていること」「出世欲や自尊心が極めて強い」という二つの点。これが時々に、受動者である私の感情を逆なでしたり、逆に興奮させる事がある。個人的に一番面白いと思ったのはそこで、ナポレオンの思想がどうのだとか、上流階級への挑戦だとかの、スタンダールが意識したと言われるメッセージ性については、この上巻の時点ではあまり強くは感じられなかったな、という印象がある。
兎角私が強く惹かれたのはこのジュリヤン・ソレルの立ち振る舞いだ。まだ上流社会と言うのを体で感じていなかったころのジュリヤンはまだ純情さがあり、最初にレーナル氏宅を訪れた際には、扉を開けずにまごついてしまうと言うような奥ゆかしさがある。この可愛らしさにレーナル夫人は惹かれてしまうのだが、この場面ではレーナル夫人と一緒に私まで「なんて可愛らしい人なのだろう!」と思ってしまった。ここは、やはり著者・訳者の巧みな表現によるものなのだろうか。この場面からこの純情さの残る青年に強く惹かれながら読み進めていく。すると今度は、レーナル氏の家庭内で影響力を強めていくにつれ、自尊心を膨らませ傲慢な態度に出て来るようになる。ここは「レーナル氏色」に染まる、とでもいうのだろうか。時々に、上司に頬をつねるような、意地悪な態度を取るジュリヤンが描かれる。ここでも私はレーナル夫人と同様に「ねえ君、なんでそんな風にするんだい!」なんて事を考えてしまう。レーナル夫人というのは、レーナル氏という傲慢な人間や、労働者階級の卑しい下男のような人間ばかりの中でも正常な性格を持った、一番受け手(私)と近い目線を持った人物なのかもしれないな、と考えさせるその一方で、そのレーナル夫人もジュリヤンとの恋に溺れてしまう、というのはなんとも表現し難い胸の高鳴りを起こさせる。
このジュリヤンの独特な振る舞いと言うのはレーナル夫人のそばを離れた神学校でも同じで、同級生や後援者のピラール神父との会話などでも残っており、吉報を聴かせてくれた師匠・ピラール神父の片手に唇をあてる、なんて純情少年めいたことをしたりする。この一風変わったジュリヤンの態度や振る舞いは、非常に面白いものだった。

他の方が賞賛したジュリヤン―レーナル夫人間の恋に於いては残念ながら思慮の浅い私には長々と語ることは出来ないために、幾つかの引用文を残しておくのみしておこうと思う。

  • 74頁, ≪あたくしは、ジュリヤンに恋しているのかしら≫ ついに彼女はつぶやいた。
  • 177頁, ふたりの幸福は、それ以来今までとは比べものにならないほど高まり、身を焼く恋の炎はいよいよはげしくなった。ふたりは気も狂うばかりの陶酔を味わうのだった。
  • 250頁, 「スタニスラスにキスしてやっていただけないのが残念ですわ」と、彼女は冷ややかにいった。ジュリヤンはこの生ける屍から、気のない抱擁を受けると、深く心を打たれてしまった。幾里も歩きつづけながら、心はめいるばかりだった。そして、山を越すまでは、ヴェリエール教会の、鐘楼が見えるかぎり、いくたびも振り返って見た。

一番最後に記した「スタニスラス--」と言う台詞の前後のやりとりや描写は、先に記したレーナル夫人とジュリヤンの出会いの次に印象に残っている場面で、読む際には是非この二点に重点を置いて貰いたいな、と思う。

下巻については出来るだけ間を空けないうちに読みたい、だがあいにくにも私の財布が今現在非常にさびしい(むろん、一文無しなんて馬鹿げたことまでにはなっていないが)。そのためにあと二週間は文庫本の一つだって満足に買えない、ああ無計画な自分に腹が立つ。適当に積読本を片付けながら、頃合いを見て下巻の方にも財布と手を伸ばしたいと思う。