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映画:ハムレット(1948)

映画

ハムレット」(1948年製作)
原作:ウィリアム・シェークスピア
監督:ローレンス・オリヴィエ

デンマークの王権争いを題材として、王子ハムレットの復讐を描いた、シェークスピアの代表的な悲劇。

これまで複数回映画作品として製作されており、私が観たのは1948年に製作された、ハムレットの映画化の中でも最も著名なモノクロ映画。

見終わっての感想と言うのはいくつかあるけれども、先ずは「よいものだった」と言っておきたいと思う。
原作は数年前に一度目を通していたのだけれども、私にはどうにも「戯曲」というのが苦手で、ひどく退屈で、いかにも創作物らしい大袈裟さがどうにも気に入らなかった。ハムレットの他にもいくつか読んだけれども、どれもあんまり好みでなくて、以降すっかりシェークスピアは苦手な創作家の一人になっていた。

ただ、文章としてではなく、映画として観てみると、また結構印象が変わった。
私が適当に読み流したひとつの台詞にも独特の雰囲気があり、文章上で、自分の脳内のみでは補完しきれない言葉の言い回しだとかを、綺麗に演技で助けてくれた感じがある。私が文章としてのシェークスピアを好きになれないのは、こう言った文章表現だけでは表現しきれない重要な要素だとかを文章以外にちりばめていて、文章だけでは満足できないからなのかもしれない。

主演は、先日観た「二十日鼠と人間」同様に、監督が主演を務めているらしい。このハムレットの場合は、主演はローレンス・オリヴィエ
個人的には、演技は素晴らしかったけれども、容姿がどうにも小説として読んだ時の印象と違ったな、というのがあった。私の中でのデンマークの王子ハムレットというのは、茶色で、くせのある長髪をしていて、すらりと細く背の高い、これぞというような欧州系の男性、という感じだった。ローレンス・オリヴィエというのは短髪で、髪も茶色ではない。背も、他の役者と比べると低身長なために、私の想像とは今一つかみ合わなくて、許容するのに手間がかかったかな、という印象があった。

物語は、映画という事で、結構な量の台詞回しや場面が削られているそうだが、私個人はそれでも長いと思ったくらいだった。本物の戯曲ではこの倍にもなると言うのだから、驚くほかない。
戯曲である通り、映画でも役者の演技が中心で、情景を切り取ってそれを流す、というような、情景演出は数少なく、いくら見ても役者たちの濃い演技が続くのは非常に疲れた。最近はあまり長時間にわたって文章や映画と向き合うと言うのが少なかったため、なおさらだ。
それから、兄弟殺しや復讐といった重厚な題材を扱いながらも特別な国事行為を行うような場面もなく、全体的に登場人物も小規模でまとまっているのが、映画としては少しさびしかったかな、と思った。王殺しを再現した劇や、剣術試合はごみごみしていて良かったのだが、それ以外の部分は非常に演出効果が限られていて、劇と言うのに慣れていない私には少し辛かった。
とはいえ、やはり演技は素晴らしく、狂気にとらわれるハムレットの姿や、怒り狂うレアティーズ、そして最終場面での演技と言うのは素晴らしく、ひどく心を揺さぶられた。かの有名な"To be, or not to be"という台詞も聴けたのは嬉しかった。

数々の賞を受賞した作品だけあって、個人的に好みでない部分こそあったものの、よいものだった。

ただ、一つばかり文句を。
いつ書いたものなのか知らないが、字幕がひどいものだった。ひどいというのは、訳者がひどいなんていう、そんな頭のいい奴でないと分からないような事ではなく、もっと単純な問題だ。
前半の字幕の誤字脱字があまりにもひどい。「今日のの天気は――」みたいなものは譲ってやるにしても、ローマ字の打ち損じらしい英字が紛れ込んでるのはどうなのか?前半の一時間ほどで殆どなくなったからよかったものの、これが重要な場面で、先ほど書いたような「するかすべきでないか――」といったシーンで「すべきかすべkきでないか」なんて字幕が入っていたらどうだろう?それこそ興ざめだ。

観るなら、出来るだけ新しく刷られたらしいものを手に入れるべきだ。当たり前だが今日びこんなくだらない誤字をする字幕映画は無い。滅多にあることではないが、これまでに刷られた数万、数十万の内の数千は、こういう外れくじが入ってる事もあるというのは、注しておく必要がある。
こういう問題も、私が英語を聴いたり話したりできるだけ頭のいい奴だったら、気にせずに済んだのだけれどね。