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気恥ずかしくも懐かしい彼らの絵に対する情熱に、敬礼

 最近になって、ふたたび絵を描き始めた。最後に真面目に絵を描いたのはおそらく中学一年生の二月。まともに絵を完成させたのはそれ以上前だと思われる。

 物心ついた時から中学生に入学するまでの間、私は絵というものにずっと夢中であったように思う。
小学生低学年の頃の時分。人型、丸型、車の型、色々な形を2Bの鉛筆で描いた。その中に、入り組んだ迷路を描いて、自らの頭でその迷路を解いた。小学生高学年の頃の自分。自分が見た少年向けのアニメや、手塚治虫の漫画に夢中になった。中でも火の鳥ブラックジャックの二作品に熱中し、度々模写しては、それらを液体糊で貼り付け、小さな作品集を作った。手塚治虫に傾倒したのは私の数少ない思い出の一つで、四、五、六年生の間、ある同級生の少女とそれらの漫画を通じてささやかに交流を深めたことは今もなおよく覚えている。
 中学に入学してから、どうもおかしな方向に向かうようになってしまったように感じる。純粋に絵を楽しめなくなってしまったのだ。美術部だとか、文芸部だとかの文系部員の描く絵が、自分の絵より圧倒的に優れているという事実をまざまざと見せつけられると、たちまち私の自我と言うのは崩壊した。激しい嫉妬心に駆り立てられ、見ず知らずの、絵を描くのが好きな純真な同級生たちを罵った。くだらない競争心のためにたくさんの絵を描いたが、そんなこころで、手で描いた絵が上手いはずもなく、自らの手で作り出した絵の完成度の低さに愕然とさせられた。人の絵を憎み、そのために力ばかりを込めて描いた絵は更に醜くなる、更に人の絵を、腕を羨み、憎む。私はその時、もはや絵を描くための心得というのを見失っていた。
 勉学に追われ、部活動に追われ、人の絵に追われ、精神を病み度々学校への投稿を拒否するようになった。もうすぐ二年生に進級するであろう、というところになって、ようやく私は、今の自身の醜さについて自覚したのだった。


私は絵を描くための手を、心を失ってしまったと、そう感じた。


 今になってまた絵を描こうと決めたのは、きわめて単純なこと。或る同い年の青年と、一つ年下の少女――この二人の知人によるものだった。彼らと私はお世辞にも親しい間柄だとは言い難かったが、度々私に話しかけてくれる良き人だった。

 彼と彼女は、絵を描くことを趣味としていた。彼は現代アニメチックな絵を、彼女はつかみどころのない、ふわりとした浮いた絵柄の絵を描いている。幾年前に絵を描くのをやめた私にはそれらの絵について評価をつけるなんてのはどうにも無理な話だったが、言葉で評価できずとも、そこはかとなく魅力を感じることの出来る絵だった。だが、私が絵を描き始める起因となったのはそれらを見た事ではなく、絵を描く人、彼らそのものの存在だった。
 私が一番彼らに魅力を感じた一番の理由が、「絵に夢中になっていたころの私に似ている」という事だった。彼が、彼女が照れながら、卑下してみせながら「絵を描いた」と伝えてくれ、「こんなふうに描きました」「じょうずに描けました」「今度はこんなふうに……」と言った感じで、短くそう言ってくれる。ある時は、一緒に絵を見せてくれる。またある時は、「将来はこんな絵を描きたい」「絵を描いて暮らしたい」と、ぼそりとつぶやいてくれる。
幼い頃の、ひたすら絵を楽しみ、愛していた頃の私と非常に似ていた。彼らはある種無謀とも言えるような事を時々言ってみせた。ああ、したい、こうしたい、行く行くはこうなりたい、と。特に彼の方はその傾向が顕著で、たびたび卑下を交えながら自分の「絵を描く」という行為に対しての誇りについて語っている。ああ、まさにあの頃の私はこんなふうだった……!ひどい謙遜を交えながらも、実際にはまわりなんて全く見えておらず、無謀なまでに自分の絵に対して自身を持っていた。良い意味であの頃の私は、頭のねじが外れていたのだ。今にして思い返すと、それらの思い出は懐かしく感じる一方で、ある種の滑稽味を持った自尊過剰な発言や行為はひどく痛々しく、恥ずかしくて、なかったことにしてしまいたいものばかりだった。しかし、そんな少年的な、或いは少女的な若々しい精神を、再び見ることが出来ると言うのは、ひどく光栄な事でもあった。
彼の、彼女の言葉を垣間見るたび、私はあのころを思い出して気恥ずかしい気持ちにさせられ、懐かしい気持ちにさせられた。彼らを見るたび私は彼らを愛おしく感じ、彼らの絵を愛した。


幾年もの月日が経った今なら私も、彼らと同様に絵を描くことが出来るだろう、と思った。
彼らの仲間に入ろうとは思わなかった。彼ら二人が楽しく絵を描くそばで、私も絵を描くことが出来れば、という気持ちのみが心に残った。

先日前より、イマジスという、日記投稿をしたり絵を公開出来るサービス、所謂pixivのようなサービスに登録し、文章と一緒に絵を公開しはじめた。何故大口であるpixivを選ばなかったのかという理由については、文章を一緒に公開出来るという機能が非常に私にとって魅力的な機能であったからということに他ならない。
そちらで描いた文章と絵は、重要な記事のみ抜き出してこちらでも公開する予定。こちらにURL自体は載せない予定。先ず第一に需要が無い、また、自由に文章を書いていたいため。もともとアクセス稼ぎや小銭稼ぎにブログを書いているつもりはないため、自由にやりたいと思う。